徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*百十二段*<高原の空気−1−>2008.5.24



 つつじがまだまだきれいだ。市街地で目にするのは、どうだんつつじやミヤマつつじが多いのだろうか。前に書いた、レンゲつつじのオレンジ色の印象が強烈に残っている。平地ではなく、高原でなければ見られないこともある。それも群生しているより、緑の中にぽつんと見えることが多いのだ。数がそれほど多くないせいか、出会った時の喜びは新鮮だ。

 黄色のニッコウキスゲの群生も感動だ。ある時期でしか見ることができないから、よけいに価値がある。同時に、絶好の時は人もまた多い。求めるものはみな同じかと思うほどに、自然の見ごろには穴場はないといってよい。東京近辺で育った者にとっては、山や高原は憧れだ。吉野弘さんの詩に「山は遠くから人の心をとりこにする それで体ごと虜になる」という詩がある。私の住んでいるところは千葉県だ。都内に限りなく近い東京のベッドタウンともいえるところだ。公園や緑地の多い所で、春には草いきれを感じるところだ。それでも高原とは、空気のにおいとさわやかさが違う。軽井沢が避暑地として有名だが、それでも微妙に物足りない。標高800メートルくらいが軽井沢か、私の高原はその倍の1600メートルくらいからを指す。

 「天空の城ラピュタ」のイメージだ。高天が原という地名がある。そこに行くと、その名の通り神様が降りてきても不思議ではないような気持ちになる。私が標高1600メートルから1700メートルの高原の魅力を知ったのは20代の頃だ。若いころ偶然に出会った光景は鮮烈に心に残る。天国のようだと思う夢を見ることがあるが、大体の景色はその高原と山の光景だ。そして、その夢を見るときは幸せな満たされた気持ちになる。私の見たい夢の代表だ。夢は起きた時にいやな気持になる夢と幸せな気持ちになる夢とがある。最近は幸せな気持ちになることが少ない。つまりは幸せな夢を見てないことになる。

 わたしは、長い期間日常から離れていたいと思うほどには、おそらく枯れてはないのだろう。ほんの二日か三日、日常から離れたい。習志野一中時代の夏合宿の五泊六日が貴重な時間としてよみがえる。多くはそうだろうが、その渦中にある時はその価値も分かりにくい。その中で埋没してしまうと客観的な価値がわからなくなる。悔しいのはその時に分からずに、その後何年も経ってからでないとわからないということだ。合宿の時は一日中音楽だ。全国優勝を目指してのひたすら練習の連続だ。卒業生が力を貸してくれる。夜は大人の卒業生を中心に慰労会だ。真夏でも空気は爽やか、時折山の天気特有の雷や夕立が自然を感じさせてくれ、都会育ちの子供たちの貴重な経験だ。(時々登場する竹木君は「ホタル」がうまい。舞台を暗くして、後ろ向きになり、黒い服一色で後ろ向きの股間からペンライトを点滅させて、舞台の下手から上手に移動するだけのいたってシンプルな芸だ)

 その時は中学校での勤務だ。生徒への基本は、自由に伸ばしたい才能、能力を伸ばすのが教師の役割だろう。基本の約束を生徒と契約して、自主力に期待する。それでも迷走はある。修正するのは教師だ。子どもの成長を見るのは楽しい。叱る、説教する、一緒に笑う、一緒に感動する、全国優勝の荷物は重いが、それを除けば充実の毎日だ。当時は公立の教育機関でも、そんな自由が許される容量があったのだろう。本当は、今こそ教師の個性を存分に発揮し、進学塾のように学力偏重ではない「人間力」を育てる、自信をもった学校教育の環境を整えるべきだろう。つくづく、小心者や未来に理想を描けず目の前しか見えない人、教育の理想を語れない人には教育長や校長になってほしくはないものだ。教育をサービス機関と考える人もいる。それが新しい考えだと思い込んでいるのだ。教育は全力をあげて、時代を担う子どもを全人格的に育てるものだ。サービスをしないと保護者からの理解と協力を得られない、という幻想はいつから生まれたのか。しかもそれが跋扈している。



 

 百十一段へ   百十三段へ