徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*百十四段*<心・技・体>2008.5.26

 つつじの花がそろそろ勢いをなくしてきた。咲いて散る。自然の当然の摂理とは分かっていても、散り行くものを目の当たりにするのはさびしいものだ。この後に続く花は何だろう?アジサイか…梅雨のころに合わせたかのようにアジサイは咲いてくる。アジサイもつつじも、花はもちろん美しい。枝や根はそれを担保するかの様に強く、手ごわいのをご存じだろうか。

 まだ学校で勤務していた頃、裏門の周囲にアジサイの樹がたくさんあった。門から歩道にかけての見通しが悪かったことに気づき、教頭さんにそのことを話したら、早速、葉を払ってくれた。そのあとに、アジサイの枝を見て触ったらそのたくましいこと、予想外で、汗をかきながら枝を払ってくれたN教頭さんに、申し訳ないという気持ちを強くもった。ところが、その言葉を伝えることなく今日まで来てしまった。その

N教頭さんは心根の優しい人で、同じ年の私にも気持ちよく接してくれた。年度末で退職だ。組織や仕事でお世話になった人に、その場で感謝の言葉を言えないままで来たことがいくつもある。悔やまれることの一つだ。

 思っていることを、タイミングを過たず、素直に伝える。このことは意外に難しい(少なくとも私には、だが)。もっと素直に伝えていれば・・・と思うことが多いことに愕然とする。時間は取り戻せない。これからは、出来るだけ、思いを素直に表したいとは思うのだが・・・。

 NHKに「プロフェッショナル」という番組がある。あなたにとってのプロフェッショナルとは?という問いで番組が終わる。今日は、「心・技・体」がそろってこそのプロフェッショナルだという言葉が出た。薬害肝炎訴訟の弁護士の言葉だった。なるほどと思った。自分に置き換えてみた。「心」・・・これは問題ない、純粋だ。一途な思いもある。 「技」・・・これも長年の蓄積がそれなりにはあるかも・・・。 「体」・・・これが一番問題かも知れない。体ひとつでも、自分で自分をコントロールするのはなかなか難しい。しかし、難しいと納得をしていては始まらない。しっかりと体調管理をしなければ、ただの成人病予備軍だ。これを脱出しなければ・・・と書いていてふと思った。この、体の調子を述べたり、文章にしたりすること自体が老化の前兆かも、と。中年、老年が集まると体調や健康話で盛り上がるという。・・・。いけない、いけない、その道にはまるところだった。

 花の話でスタートしたこの段なのに、気がつけば体の話になっている。これこそが老化か?「廊下は走ると危ない。」廊下を歩くときは急いではならないのだ。廊下はゆっくりと歩く・・・老化もゆっくりと迎えねばならない。最後の落ちが相変わらずパッとしない徒然草だ。これに懲りずにまた読んでください。




 

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