徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*十二段*<想い出の断層−3−>2007.10.9



中学校の図書室で小澤征爾さんの、ボクの音楽武者修行という本を偶然目にして読んだ。かっこいいと思った。貨物船、スクーター、ブザンソンの指揮者コンク ール、縦横無尽の活躍が目に浮かんだ。その時はそれだけだった。部活はバレーボール部だったし。音楽とは無縁だった。 中学三年の時に部活練習の際に足首を捻挫してしまった。
 それからしばらくし て朝起きようとしたが体を起こすことができなくなった。病名は脊椎分離症だ。牽引をしたり脊椎矯正を受けたりしたが症状の軽減はしても全治することはなかった。高校生になってもバレーボールへの思いはたち切れず、しばらくはバ レーボール部に所属していた。当然脊椎矯正をしながらの部活動は続けることはかなわず一年の途中で退部した。
 さて、退部はしたものの何か部活はやりたくて、音楽部をつくることを思いつ いた。新設高校でもあり、音楽部はなかった。たまたまその時の講師で音楽を教えてくれた先生が、中学生時代の産補と今でいう育休の時に指導を受けた先生だったことも音楽への方向により向かわせてくれたことになる。(おだやかで、深窓 の令嬢のような、ピアノが専攻の美しい先生だった。しかし、もう亡くなられて1 0年になろうか。若くして逝去されてしまった。)
 音楽好きの高校生達が自己流で合唱したり、楽器を持ち寄って合奏したりの今思えば恥ずかしくもあり、でもそのときは真剣に音楽部の活動に打ち込んでいた 。

 この後に優れた合唱指導者、高橋政江先生が岩手県から赴任され大きな影響をうけるのである。

      
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