徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*十三段*<想い出の断層−4−>2007.10.15

 岩手県から音楽の先生が着任された。一関の高校で合唱指導者として実績をあげられた先生だ。姓は自分と同じ高橋だ。すぐに音楽部の指導をお願いした。先生は一関でやるべきことはなされたあとだったこともあり、あまり良い返事はいただけなかった。それはそうだろう、伝統と実績のある高校から新設高校への着任だ。岩手県から千葉県への異動だ。あまり乗り気でないのも理解できた。何人かで何回かお願いに上がりやっと引き受けてくださった。 渋られていた原因の一つに、以前から生徒だけで活動している音楽部をよく思わない先生方の中傷があったのだと後からわかったのだが…。(この理由のない中傷にはいつも悩まされるようになる。 )

 さて、高橋政江先生は献身的に指導をしてくださった。特に音程には厳しく、 正に”ミセスチューナー”ともいえるものだった。音程への感覚が今も残っていると したら高橋政江先生の影響が大きい。先生は同じ高校生くらいのお子様がいらしたせいか、私達には慈母でありとにかく尊敬をせざるを得なかった。NHK学校音楽コンクールでは、千葉県代表にはなれなかったものの入賞は果たしていた 。当時の高校の先生方には少なからず保身や、事なかれ主義の様相があり、今でも批判の気持ちはあるが、そのなかで尊敬できる数少ない先生だった。
 授業で聴かせてくれた名曲の数々、時にはその中から自宅への貸し出しもしてくれた。その中にモーツァルトの交響曲第40番があり、レクイエムの 「涙の日」があったことを思い出す。

 何よりも教師不信だった自分が初めて高校で信頼でき、尊敬できる先生に出会えた。

 胸が熱くなってきた。

      
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