徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百四十三段*<よみがえる断層、想い出の断層・・・習志野文化ホール>2008.8.20

 17日の演奏会は無事に終了した。お盆の時期の演奏会でもあり、どれほどの人が来てくださるかと気をもんだが、多くの人に来ていただいた。ありがたい限りだ。

 20年から25年前に私と一緒に演奏をしてくれた中学生が、今回の演奏会の中に二人いる。時間が遡ると同時に、現実もはっきり映し出す。時の流れは時に救いともなり、時に残酷にもなるのだと改めて思った。

 時間を受け入れること、これはまさに老境の知恵だ。また、己はこうしてここにまだ「或る!」と考えるのも老境の知恵だ。相反する知恵を振り絞っての時が始まる。

 習志野文化ホールが、私のある時代の思い出をつくる手助けをしてくれた。何十年も前と同じ舞台の同じ指揮台に立つ・・・あたかも「はじめて」のような感覚で。

 そこにある感覚は、何十年も前の感覚ではなく、いま、ここで感じる感覚だ。悔やむとしたら、その時には貴重な時間を使い、貴重な体験をしている、ということを切実には思わなかったことだ。

 さて、残りの時間を、どれくらい貴重な時間と感じ、悔いの少ない時間とすることができるのか。これこそ、時間との闘いともいえるし、時間との共存、ともいえる。

 相反するようでいて、実はそうでもないという、人生の真実。それに気付き始めるのも老境の知恵だともいえるし、老境に入った証しでもある。

 習志野一中時代のさまざまな出会いは、私の今を形作ってくれた・・・。きっかけを作ってくれた恩人を改めて思い起こすとともに、「邂逅」ともいえる出会いを今も続けてくれている教え子にも、素直に「感謝」という言葉を伝えたい。




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