徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百四十七段*<新幹線の中で…>2008.8.28

 仕事で新幹線に乗っている。仕事に向かうのだから一人だ。東京から一時間も過ぎると、風景が変わる。近くにはそれほど高くはない山が、遠くにはかなり高い山々が連なって見える。

 この時期だから、まだ緑一色だ。水田の稲の穂先が少しだけ黄色になっている。
「山が遠くから 人の心を とりこにする。 人はその心を 探しに行く。 それで体ごと とりこになる。」
という吉野 弘の詩が自然に浮かんできた。

 後ろの座席には、幼児を連れた若い夫婦が座っていた。時々近くの座席の人に恵まれず、耐えがたいこともあるが、今日は落ち着いていられた。ずっとその家族は話してはいたのだが幼児が騒ぐこともなく、気持ちの穏やかな家族の雰囲気が伝わってきた。

 こどもは親の精神状態を鋭くつかみ、それに反応しながら成長しているように思う。両親の不安定な状況が続けば、こどもの心も不安定になる。
 少し微笑ましく感じ、そういえば何年も前には、同じように小さな我が子を連れての旅行もあったなあ、と懐かしく、しかし時間の速さを恨む気持ちをちょっとだけ抱いた。

 家族連れの後ろの席の男女は、話の内容が聞き苦しかった。会社関係の出張だろうか、男性が自慢話を延々としていた。男女に関係なく、自慢話は他人が聞くと嫌になってくる。自分はどうだろうか、と考える機会になった。

 楽しい旅行の帰路は、何だか現実の世界へ戻るので気が重い。逆に仕事の終わった後の帰路は気分がいい。同じように交通手段を使っていても、不思議に心の受け止め方は違う。

 歌舞伎の市川團十郎が言っていた。生きる道に迷ってトンネルの中をぐるぐる回っている状況の時、ふとした考え方の違いに気がつくとがらっと変わり、暗闇のトンネルから抜け出せる・・・。要は、物事をどんなふうに認識するか、だと。父親の死で、若くして團十郎の名跡をついで襲名しなければならなかったこと、自身が白血病で闘病していること・・・そんな人の言葉は重く説得力がある。
 いま、生きているのは、おまけ・・・だから、おまけの人生は楽しいのだそうだ。

 なるほど、そう考えることが出来ればそうだろうな、と思った。



 百四十六段へ   百四十八段へ