徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百四十九段*<想い出の断層−47−>2008.9.2

 30年振りの飲み会だった。相手をしてくれたのは私が専門学校の指揮科の講師だった頃にレッスンを受けに来ていた高校生(当時)だ。

 日本で有数のマンドリン楽団の指揮者になっていた。マンドリンの楽団がベートーヴェンの交響曲を演奏していた。オーケストラとは違う編成でのベートーヴェンだ。興味深く話が聞けた。知らない世界は音楽界でもまだまだあると思った。

 何よりも、何十年も前に指揮法を受講していた高校生が、会社の管理職になり、しかし指揮も続けていて、それなりの貫禄や人生の荒波をくぐり抜けてきたたくましさの中に、高校生当時の面影や、物言いや考え方が残っていると思えたことが嬉しいし、不思議でもあった。

 時々、登場するT君も一緒の飲み会で、べつの会社の吹奏楽団の指揮者も加わり、初対面とは思えない気楽な飲み会になった。

 会社の中ではしっかりと管理職をやり、しかもゴマスリでポジションを獲得したのでは無いことがわかる痛快な人たちだった。物事に背を向けたり、斜に構えて仕事をしているのではないことは無論だ。このバランス感覚が心地よい。

 教えることの妙味はここにあり・・・と思った。ただ、教えているその時点では、妙味を感じることは稀だ。

 思い出した。先月の演奏会の時に、T君と同期のMさんが聴きに来てくれたとのこと、それも、その姿を見た人のブログでわかった。
 そして、80歳を超えるI先生も来てくださった。私のスクールオーケストラ指導者としての窮地を、私財を拠出して助けてくださった忘れることの出来ない当時の校長先生だ。

 いつも毎日に追われ、謝恩の気持ちが薄くなることを正当化している嫌な自分の精神を恥じる。無言の教えとは、こういうものかと、しみじみ思った。

 しかし、自分の気持ちを文章にする力がどうにもならないくらいに小さい。
 歯ぎしりをする思いだ。



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