徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*十五段*<想い出の断層−6−>2007.11.02

 昭和40年代の高校生の音楽の聴き方はラジオ、テレビ、レコード、それにオープンリールのテープレコーダーだった。オープンリールのテープレコーダーは 、英語の授業で中学生の時に先生がヒヤリングの練習に使っていて、どうしても欲しくなり、高校生の夏にアルバイトをやって手に入れた。それにマイクを使ってラジオやテレビのスピーカーに近づけ録音をした。もちろんモノラルだ。いい音ではなかった。マイクでの録音だから、当然ほかの生活音も入ることもある。 録音してることを知らない親の呼ぶ声とか犬の吠える声とか・・・BGM入りのクラ シック音楽だ。
 日常はそんな音楽の聴き方をして渇きを潤していたが、当然、生のオーケストラの音も聴きたくなる。中学の時の音楽鑑賞教室でのオーケストラしか聴いてないのだ。 そんな時、長兄が音楽会のチケットを一枚くれた。長兄は音協の会員になっており、演奏会に行きたがっていた私にチケットを買ってくれたのだろう。長兄とは歳が離れていたせいか、いつも優しくしてくれた。音楽をやりたい私への良き理解者であり応援をずっとしてくれた。感謝していることをきちんと伝えないままに今日まで来てしまった。
 さて、その演奏会が小澤征爾さん指揮の日本フィルの演奏で、ルロイ・アンダーソンの小曲やガーシュインのパリのアメリカ人がプログラムだった。 会場は上野の東京文化会館。横文字では東京メトロポリタンフェスティバルホールとなっていた。国鉄上野駅公園口の目の前だ。 懐かしい。(演奏会の度に、チラシを大量にわたされた。今では煩わしいと思うことでも懐かしい。 )
 肝心の、小澤征爾さん指揮の日本フィルの演奏会の感想は悪いはずはなく、パリのアメリカ人の最後の全奏のまばゆいばかりのサウンドが忘れられない。 実は、生の演奏会は高校生になって初めてだったかも知れない。

 それから、昭和の高校生の音楽を聴く方法を見いだすのだが、それは次に書きたい。  

      
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