徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百五十ニ段*<「学校」の役割>2008.9.8

 蝉の鳴き声がいつの間にか消え、小さな虫が夜になると代わりに鳴き出す。
 気温は高いのに、何となく秋の気配だ。「何となく・・・」とか「いつの間にか・・・」という表現には意味深く、何となくうなずいてしまう。そう、「何となく・・・」だ。

 スクールオーケストラの時代には、年に二回の合宿をやっていた。夏には5泊6日、春には3泊4日という当時はその期間の長さで群を抜いていたと思う。
夏は軽井沢、飯綱高原、苗場、春は県内の岩井海岸だ。学校の体育館で合宿をやる部活もあったが、日常とあえて場所を変えることで、いろいろな意義があるのだと思っていたし、当時の校長先生も同じように思ってくださり、支援をしてくれた。

 県外に出て、事故はどうするのかとか、期間が長すぎるとか、そんなことを言う校長先生ではなかった。今も居られるI先生とО先生だ。私はこのお二人にひたすら感謝を持ち続けなければならない。今日の私のあることに大きく影響を与えてくださった人だ。常に大きく物事をとらえてくださり、細かなことにこだわらない、部下を抱擁して、抱えてくださる雰囲気をお持ちの先生だった。だから、気持を落ち着けて生徒の指導に当たることができた。

 教育活動とは不思議なものだ。教師を管理すればするほど不祥事が勃発する。不祥事が起こるからさらに管理を強める。また不祥事だ。人間が人間を教育するという、その目的のために存在する唯一の組織が学校だ。組織は数え切れないほどあるのに、教育、しかも知識も生活力も心も、とにかく子供の総合的な成長を一手に担っているのが、「学校」なのだということを忘れてしまっているのでは・・・と思う。教師も保護者も社会も、すべてが。

 子どもが好きで、子どもの成長を願い、次代を担う世代を育てることに仕事の意味を見つけ、報酬は二の次にしても教師という職業に生きがいを見出しているのが、教師の原点だろう。

 子どもがいて、学校の建物があれば、教育を精一杯したいのだ。報酬は、生きていけるだけのものがあればそれでいいと思っての教職だろう。なぜなら、お金を得たいという価値観を持った人は、そのことを獲得できる職業に就くだろうからだ。

 役人も、管理職も、保護者も、マスコミも、教師を認め支えなければ、結局はその結果がかわいい子どもたちに却ってくるのだという、わかりきったことを素直にわからなければならないと思うのだ。

 現実には形骸化している勤務評定、形骸化しているからか、はたまた民間にならってか、業績評価を取り入れるという、公務員の中に教師も括って、管理しようとしているかのような対応・・・的外れな対応としか思えない。

 熱のある、すぐれた教師を育てることが、己を愛し、隣人も愛し、国も愛し、人を愛することのできる子どもを育てられる唯一の手段だと思う。しかし、この連鎖は現実にはあまり理解されないようだ。



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