徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百六十六段*<想い出の断層−52−>2008.10.3

 たまたま「クライマーズ・ハイ」というドラマを見た。2005年にテレビ放映されたものだ。ジャンボ機の墜落事故を、地元の地方新聞社と所属の記者が、記事の扱いをめぐり葛藤を重ねていく。その記者の、うまくいかない息子との親子関係や同僚・部下とのシビアな人間関係を、時間を行きつ戻りつしながら話は進む。

 山崎豊子の「沈まぬ太陽」とは視点は違うが、事故の風化に警鐘をならしてくれていることに共通の思いを感じた。
 墜落事故から二十数年だ。私は、その日は仕事でたまたま群馬県にいた。車のラジオで機体がレーダーから消えたというアナウンスを聞いた。しかし、それからの情況把握の進展が遅々としてなかった。何故、わからないのか、疑問だった。

 その後、フライトレコダーが発見され、その記録からの情況再現がテレビで流され、機長と副操縦士との必死の操縦や言葉のやりとり、乗客の手帳に書かれた家族への遺言等を忘れることが出来ない。

 人は日常に追われ過去を忘れていく。仕方がないとも言える。しかし、忘れてよい過去と忘れてはいけない過去があるはずだ。報道関係者や当該の会社は、何としても風化させないような手段を持ち続けるべきだ。
 私は広島・長崎の原爆投下の時にはまだ生まれてないので直接的には目にしていない。そんな私が、原爆史料館で遺物を目にした時は激しく心が動いた。史料館があればこそだ。

 大木正夫 作曲の「人間をかえせ」や、福島雄次郎 作曲の「きけ わだつみの声」を聴けば、あらためて命、人の尊厳などを思い起こすことができる。

 直接的に飛行機事故の惨状を伝える内容のドラマではなくても、十分に事故を思い出させてくれたこのドラマ「クライマーズ・ハイ」は、私にもその時の「私」を思い出させてくれた。




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