徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百六十八段*<想い出の断層−53−>2008.10.6

 宇野功芳さんの「たてしな日記」をようやく読むことが出来た。ようやく、と書いたのは、学生時代に読んでいたはずのこの本が、なぜか見つからなかったからだ。奥のほうにしまってしまったのだとは思うのだが、情けない話しだ。

 知人が新しい出版社から出ているのを見つけてくれた。最初は自費出版で、それから帰徳書房が出版し、現在は学習研究社からの出版になっていた。若い頃に共感を持ってこのエッセイを夢中になって読んだことが甦った。

 著者の34歳から36歳にかけて書かれたものだ。昭和39年8月5日が最初で昭和41年8月27日で一応終わっている。冒頭のその頃の写真も懐かしい。宇野功芳さんの合唱への思い、それは小松川高校定時制の合唱団、KTU女声合唱団への思いなのだが・・・、それと自然への憧れ、そして芸術と生きることへの問い掛けが綴られている。その時の私には、その文章がそのまま自分への問い掛けであり、答えであるかのように響いてきた。

 宇野功芳さんの指揮の演奏会は何度か聴かせていただいた。なんといってもKTU女声合唱団の演奏に衝撃を受けた。「心のうた」そのものなのだ。それ以前も、それ以降もこんな魂のこもった演奏を聴いたことがない。その思いは今も変わらない。音楽にはアマもプロも関係ない、とその時に確信をした。

 「たてしな日記」のなかで、ヘッセの言葉を引用している。
−−詩人になりたいと願いながら、同時に市民でもありたいと願った。芸術家として空想に生きる人間でありたいと願いながら、同時に有徳者でもあって、故郷での生活を楽しみたいとも願った。同時に二つの者であることは出来ない−−
 この部分に赤線を引いたことを思い出した。

 この本には”あとがき”が二つある。1974年のものは初版から十年後のものだ。この時に文中に登場する画家志望のかたが、合唱団員と結婚をし、一年を経ずに二人とも東北の山中に散った、と書かれてあった。
 2002年のあとがきには、やはり文中に登場する著者の実弟のかたが51歳の若さで急逝された、と書かれてあった。
 それが、人生というものなのだが・・・とも。



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