徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*十七段*<想い出の断層−8−>2007.11.12

 ショルティとシカゴ交響楽団が初来日したときの演奏を聴いた。かれこれ30年くらい前になろうか。会場は上野の東京文化会館、とにかく最初の一曲と最後の一曲だけを正確に記憶している。

 最初の曲は、国歌君が代だ。この日は来日しての初公演日だった。この君が代が華麗なシカゴ交響楽団の演奏にかかると、それまでの君が代の印象が打ち消される程にブリリアントな曲に変わっていた。その後のアメリカ合衆国国歌も、ただただ立派としか言いようがなかった。
 前プロがモーツァルトのシンフォニーだった。これは力尽くのモーツァルトのような気がして、少し違和感を覚えた。さて、メインの曲が思い出せない。それなのにアンコールのベルリオーズ・ラコッツイ行進曲は鮮明に覚えている。なんと言ってもショルティー・シカゴだ。音がまるで洪水かシャワーのようにふってくるかのようだった。 

 ショルティは予想通りの精力的で活力に溢れた指揮ぶりだった。ウィーンフィルと最初のベートーヴェンの録音が五番と三番のエロイカだったように思うが、その演奏が「これがウィーンフィルの音か?」と思わんばかりの鮮烈な音と演奏だった。鮮明な録音で定評のある英国デッカのレコードだ。弦の松ヤニの粉が飛ぶのが見えるかのような演奏であり、録音であった。

 ショルティは晩年、シカゴ交響楽団とのコンビで録音を残している。フリッツ・ライナーが去った後のシカゴは音楽監督に恵まれなかった。ショルティを迎えて、往年のシカゴの栄光を取り戻した。更に晩年になって来日した時は名オーケストラと名指揮者によるまさに名演奏を聴かせてくれた。ベートーヴェンの五番とムソルグスキーの展覧会の絵、そしてアンコールがベルリオーズのラコッツイ行進曲。テレビでの放送を録画したものは大切にもっている。晩年には衰えた指揮をせざるを得ない体力、気力の老いを感じさせる人の多い中でショルティはそれを微塵も感じさせない偉大な指揮者だった。
 自分が展覧会の絵の指揮をした時に、一番参考にしたのがこの時のショルティの演奏だ。いつまでも若々しい力強い指揮を思い出す。

      
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