徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百七十段*<想い出の断層−55−>2008.10.9

 KTU女声合唱団の写真を「たてしな日記」で見て、その当時のKTUの演奏会の情景が浮かんできた。
 団員の服装は上が白のブラウス、下が黒のスカートだった。そして、歌う姿勢は腕を前側のお腹のあたりで組む・・・これが印象的だった。当時はいまほどではないにしても、それでも、女声合唱団の演奏会といえば、上下お揃いのステージドレスにコサージュ・・・という姿が多い中で、白と黒のシンプルな衣装が、歌声そのものとも思える清楚さと凛とした意志の強さを感じさせてくれた。

 何回かのプログラムの中で、指揮者の宇野功芳さんは、合唱の演奏会に演出は要らないこと、音楽そのもので聴きに来てくれた人の魂に迫る事こそ大切だと書かれていた。更に演奏時間にも触れ、70分から90分くらいが適当だと自説を書かれた。

 その時の記憶が鮮烈だったのだろうか、その後の私の演奏会では、基本的にふたつのことを守るようにしている。合唱やオーケストラの演奏会はこれがあるべき姿だと思う。視覚や演技や演出を重視するとしたら、オペラやミュージカルがあるのだし、演奏形態でそれぞれが異なる魅力を持っているのだ。中途半端な演出は本末転倒のように思える。

 KTU女声合唱団の姿に象徴される、ひたむきに音楽との対峙するその歌声と、指揮者の宇野さんは、その後も私にとっての越えられない大きな山頂だ。今でもその後ろ姿を追ってはいるのだが、追いつくことは難しい。

 マスメディアにも、誰にも左右されない真っすぐな姿だ。技術だけでもなく、また何かにこびるのでもなく、ひたすら音楽そのものに奉仕する。孤高としか言いようのないその存在は、現在では稀有とも奇跡とも思える。それでも、私はその姿を追いつづけたい。他人の評価ではなく、私自身の夢でもあるからだ。



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