徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百七十二段*<想い出の断層−56−>2008.10.16

 大学生時代のことを思い出していた。大学から専門学校へ、専攻でいうと文学部から音楽へ、とやや変則な進み方をしていたので、勉学ではなく、働いた時の想い出だ。

 この変則の進路を親が快く許すはずもなく、お金を稼ぐために、働くことが自然に必要になった。いくつかのことを試してみたなかで、落ち着いた仕事がレストランのホール係、つまりウエイターだった。その場所が新丸ビルの中のレストラン、船舶会社が親会社の由緒あるレストランだ。ここでの経験は、いま思えば貴重な経験だ。沢山のお客を見ながら、何十人かのスタッフの中で働く。そのときは苦しいことでも後から振り返れば懐かしいし、その現場での出来事が自分の財産の一つになっている気がする。

 お客は様々だった。場所からいって大企業に勤務している人が多いのだから、ある範囲内での様々なのだろうが、ホールに入って着席、注文をする、飲み物、デザートの追加・・・この流れのなかで人柄が出てくる。サービスを受ける側だから偉そうにしても当然なのだが、偉そう・・・というのにも上等な偉さと、下等な偉さがあるように思えた。

 たまたまの役割でそれぞれが立場を持っているわけだ。そう考えれば、あまり偉そうにするのも考え物だし、卑屈になるのもどうかな?と思うし、自然にその人の人柄が出て、互いに不快にならない関係がいいのだと、少しずつ思えるようになった。そのウエイターだったころはそこまでは考えられなかったが、心がけようと思えたことがひとつあった。レストラン等の飲食店では、絶対に偉そうにする態度はやめようということだ。

 それは、相手のことを思えるということでもあるし、結局は己にかえってくるのだということだと思えたからでもある。

 今でも、上等な人間になりたいと、思う。
 このウエイターの経験は貴重だったと思える年齢になったということを実感する。一緒に働いていた人のなかに、皿洗いを担当されていたご高齢の方がおられた。優しいおばあさんという感じで、特に親切にしていただいた。黙々と働いていた姿が印象に残る。毎日だ。休憩時間に一緒に写真を撮ったり・・・いまはもうこの世にはいないのだと思えば、しみじみ時間の無情さを思い、人生の無常さを思う。



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