徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百八十五段*<夢の”熱い”オーケストラ>2008.11.27



 この徒然草が何段までなったのだろうか。二百段近くか。HPの中の1ページでもあり、それほど目に留まるものではないことを承知のうえで、本当に「徒然」なるままの作文になっている。

 それでもカウントが九千近くになると、嬉しさも増してくる。評価を気にしないつもりなのに、評価をされるのは、それはそれで期待感が出てくる。というのが正直なところか・・・。

 パソコンの無線LANが不調の時があり、そうなるとルーターに直接コードをつなぐか、別の手段を使うか、になる。

 今回は小さな携帯モバイルのようなものでこの文を書いている。なかなかスグレモノで、タッチパネルが使い易い。前のモデルよりも軽くなったし、反応スピードが速いのにも満足だ。軽くもなり、疲れが軽減された。
 前のモデルを二年ほど使っていた。そのモデルと比べると、機能の進歩がよくわかる。進歩とは有り難いものだと改めて感じた。

 指揮リサイタルまでの期間が迫ってきつつある。
 指揮者としては、一緒に演奏してくれる人の基準をどこにおくのか、難しい決断を迫られる時が近づいた。

 表現のためには、当然、表現の技術が必須だ。だがオーケストラは名人を多くあつめたからといって良い演奏が出来るのかというと、そうとも言い切れない。野球のチームが四番バッターを数多く集めたからといって、勝てるチームに即なるかというと、そうとは言い切れないのと似ているか。

 技術の他に精神が必要なのだという言い方は抽象的なのだが、技術のほかに何かが必要なのは断言できる。
 私が欲しいのは、「体温」だ。技術プラス「体温」、それもかなりの高熱がほしい。

 オーケストラはいくつも魅力を持っている。しなやかな弦楽器、まろやかな木管楽器、輝く金管楽器、画然とした打楽器、それらが主張し溶け合い、絡み合って、ほかの演奏形態で作れない魅力が生まれる。

 アマチュアの熱い心を持ちながら、プロに匹敵する技術を持っている人達の集団。こんなオケを編成できて、演奏会に臨みたい。夢に近いほどの難しい条件だ。この夢に少しでも近くなるようなオケを組織し、その指揮をしたいと願うのは許してもらえるだろう。

 そして、聴きに来てくださるかたは、ベートーヴェンの心を、演奏者の心を、聴いていただきたい。それが指揮者としての最高の喜びだ。そのなかの若い人には、特に苛酷な運命を乗り越え、運命さえもひれ伏させるほどの、ベートーヴェンの鋼の意志力を感じてほしい。

 来場くださる方々に、安らぎや、生きる意欲や、励ましや、慰めとなり得る、背筋がゾクゾクするような演奏をお聴かせしたい。そんな思いが溢れてくる。

 来春、3月27日、紀尾井ホールで多くのかたとお会いしたい。

 そんなことを考えながら運転をしていたら、街路樹の黄色が微かに秋を留めているのに気がついた。



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