徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百九十六段*<想い出の断層−63−>2008.12.24

 この徒然草を書いている今は12月24日、クリスマスイブの日が終わり25日を迎えようとしている。未曽有の経済状況の悪さを反映しているようにも感じられる街の雰囲気だ。

 ベートーヴェンの第九交響曲を考えていた。私にとっての第九、と言ったほうが正しい。この曲を初めて指揮をしたのが1992年、もう15年以上も前になるのだと、いつものように時間の経過を思った。だが、自分の指揮の第九のことではなく、鮮明に心に残っている第九の演奏のことを書きたい。

 チェコの指揮者、スメタチェクが指揮をし、日本フィルが演奏をした第九だ。この時の日本フィルはまだ、新日本フィルと現在の日本フィルとに分かれてなかった頃の日本フィルだ。会場は、東京厚生年金会館、この時の演奏が強烈に印象に残っている。

 第一楽章から、引き締まった感じの緊張感のある、筋肉質というか、無駄をそぎ落とした音楽が響いていた。スメタチェクは日本ではそれほど著名な指揮者ではないこともあり、おそらく多くの人が大指揮者の指揮を聴くという意識はなかったかも知れない。

 アッと驚いたのが、最後の最後、つまり第四楽章のコーダの終わり四小節くらいの時だ。突然テンポを落とし、たぶん倍くらいに遅くしたのだ。あのフルトヴェングラーが、プレストの最後をあまりにも速いテンポにしたために、バイロイト祝祭オケが雪崩を撃つように崩れて最後のパッセージがよくわからなくなったというくらいに追い込むところだ。

 一瞬、何が起きたのかと思った。あっけにとられたといってもいいだろう。しかし、そのあとの感動とも、驚きとも、何ともいえない充実感・・・これ以上の第九はそれまでも、それからも聴いたことがない。

 音楽評論家の宇野功芳さんが、同じ演奏を聴かれ、その時のことを、著書「名曲とともに」に書かれておられるので、演奏のことは私が書くのは控えることにするが、一番印象的な第九と断言出来るのは間違いない。

 その時は、どうしても第九を聴きたくて、一枚だけ入場券を買ったのだ。その日に一緒にいた人は、第九を聴く時間だけ、近くの喫茶店で一人で時間を潰して待っていてくれた。お金が無いことは辛いことなのだが、これは、申し訳のなさの後悔とともに、なんだか、そんな時代もあったのだという懐かしさもこみあげてくる。ほろ苦い懐かしさだ・・・。

 思い起こしてみれば、第九は多くの場合、一人で聴いていた。理由はやっぱりお金がなかったか、一緒に行ってくれる人がいなかったかのどちらかしかない・・・としか言いようがない、か、やはり。



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