徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百八段*<プロフェッショナル>2009.2.3

 偶然、テレビをつけた時の番組に見入ってしまった。何曲かの曲についてのエピソードを紹介し、もちろん曲も流すという、構成もいたってシンプルな番組なのだが、「初恋」と「償い」と「吾亦紅」の三曲がぐっと心に迫って聴こえた。

 人への思いに満ちている曲のできるまでのエピソードが印象的だった。人の人への思いにこんなにエネルギーがあるのだと改めて思わされた。そして、この三曲のような心象風景は現在には無いかも知れないとも思えた。テレビで放送されていることを思えば、このような番組への渇望も本当はあるのでは、とも考えた。

 日常飛び交う言葉は、索漠としたものだ。国会中継を見ていたら、「天下り」と「わたり」だ。現実の生活と、詩や音楽の世界とのあまりにも大きいことを感じた。現実は長年の慣習からなかなか抜け出せないし、既得権は死んでも守ろうとするし、日本人的感覚でいうと、少しのおかしさや理不尽さは、まあまあ、と許すということになるのかとも思うとともに、おかしな制度やおかしな慣習は止めればいいのに、あるいは止めさせればいいのに、と単純に思いもする。国民が選挙で選んだ選良の集まりが国会のはずだが、それにしては、どうかな? といつもながらに感じた国会中継だった。

 さっきの音楽の番組の最後に、川村カオリさんという方が登場された。がんの転移と戦いながら、15年ぶりだというデビュー曲をスタジオで披露した。「ZOO」という曲だった。「・・・愛をください ZOO・・・」のフレーズがいい。

 ご本人が「人に伝わる歌を歌いたい・・・」「人のために生きていたい・・・」と話されていた。

 己の弱さは己が一番知っている。自分はもっと弱い人間だと思う。この人の精神の強さを思い知らされた。

 プロフェッショナルという番組では、森林の再生に全力を懸ける人が登場した。信念の人だ。自分で自分が何かおかしいと思い、たまたま募集のあった森林組合への転職を選んだ人だ。それからは森林の再生に試行錯誤の挑戦になる。

 森林が再生し、木々が大きく成長するまでには、人間の寿命よりもはるかに長い時間がかかる。その姿は見ることはできなくても、瞬間、瞬間を精いっぱいに生きることを樹木は年輪で教えてくれたそうだ。

 「時には命をかけてもいいとさえ思えるような仕事をする人をプロフェッショナルという」と最後に語っていた。

 わたしも、かなわずともその域に近づきたいと思った。



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