徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*二十二段*<想い出の断層−12−>2007.12.2



 想い出の断層を書いていると、記憶が断片的にでもあるうちに想い出を文章にしておこうという気持ちが強くなる。人間の記憶が曖昧なことは認めざるを得ない。かなり前の己の経験や感動を書き記す。そしてそれを読んでくれる人がいる。これもひとつの甲斐だ。ありがたい。

 ベルリオーズの幻想交響曲、あまり好きな曲ではないのに妙に心に引っかかる不思議な曲だ。ベルリオーズには中学、高校生時代に興味をもった。音楽の専門の学校は卒業していないとか、作曲はギターを使ってやっていた、とかその辺のエピソードに興味を持った。そして曲名が幻想交響曲やファウストのごう罰やレクイエムだ。何とも聴いてみたい気をおこさせてくれた。

 幻想はまず聴いたのはテレビでだ。それがシャルル・ミュンシュ指揮の日本フィルの演奏だ。衝撃を受けた。豪放なミュンシュの指揮、熱い演奏でそれに反応する団員、白黒テレビの画面を通して圧倒的に迫ってきた。それからはミュンシュは”神様”の存在になった。初期のステレオ録音の第九を買って宝物のようにして聴いた。ミュンシュの指揮は直球勝負だ。迷いやわざとらしさがないところがどんな曲の指揮においても共通しているし、それが魅力だ。ただ当時の音楽評論の中には、深みが足りないとかドイツ物の音楽には向かないといったような評論もあった。しかし、テレビの録画からもミュンシュのうなり声が聴こえ、その気迫にいつもひきこまれた。幻想のテレビ録画ではマルケビッチの同じく日本フィルの演奏もその切れ味の鋭いシャープな指揮が記憶に残っている。

 幻想交響曲はもちろんレコードも買った。ミュンシュ・ボストンの演奏は少し期待外れだった。特に第四楽章と第五楽章がおとなしく物足りなさを覚えた。ミュンシュはスタジオ録音では無難な演奏が多く、聴衆を前にしたときこそ本領を発揮し、燃えに燃える指揮をするのだと段々分かってきたのはいつ頃からだろうか。 

 ボストンのレコードは期待外れだったがその後、新生なったパリ管弦楽団を指揮し、このコンビの初のレコーディングをする。これはミュンシュの最晩年の気力溢れる名演奏になっていた。ライブではないかと思わせる臨場感溢れる演奏だ。理想の幻想交響曲だという思いは今でも変わらない。幻想交響曲を聴くのにこの演奏を聴かずには語れないと思うくらいだ。 ミュンシュ・パリ管弦楽団は続いてブラームスの交響曲第一番を録音する。この演奏の録音がミュンシュ・パリ管弦楽団の「白鳥の歌」となってしまった。

      
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