徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*百二十四段*<「雪」といえば…。>2009.2.27



 気温が低いと思っていたら雪が降ってきた。千葉県では年に何回もない降雪だ。豪雪地の人から見ると「降った」ともいえないくらいの量なのだろうが、ほんの数センチでも、道路は?電車は?雪かきは? とすぐに心配になる。外出の予定のある時はなおさらだ。

 雪と言えば、高田三郎の合唱組曲「心の四季」の中の「雪の日に」という曲のメロディーが浮かんでくる。激しいピアノの前奏の後にすぐに”f”で「雪が はげしく ふりつづける 雪の白さを こらえながら」とテュッテイで歌い始める。テンポはAndante mosso 8分の12拍子 この基本は最後まで変わらない。吉野 弘さんの詩。高田三郎さんは、高野喜久雄といい吉野 弘といい、詩の選択、あるいは詩人を選ぶといってもよいのか、とにかく、おろそかに読んではならないと思わせる詩を選んで曲をつけている。

 「日本の中部、西部、南部では雪は祝福として降る。あたりをうっすら雪化粧して、またすぐに消えてしまう雪である。しかし東北地方の雪は、いつまでも おさえきれない人間の精神のように、はげしくいつまでもいつまでもふりつづける」と山形出身の吉野 弘さんが言ったとされている。曲の中ではその精神を”f”と、変わらないテンポで示し、歌うものには精神的持続力を求めている。

 高田三郎さんの作品集をはやく取り上げたい。今の日本人が大切にしなければならない「心」や「精神」を、その作品で端的に物語ってくれるのが高田作品だ。

 「私の願い」「心の四季」「水のいのち」は、どうしても後世に歌い継がれてほしい作品だ。

 作曲、初演が1960年代後半にされている。人間は忘却するものだ。意識して引き継がないと、いつの間にか忘れてしまう。少しだけ焦る気持ちもある。

 高田三郎さんの作品集の時は、そのころに歌ったことのある人を公募してみようかとも考えている。が、これも冒険で多彩で多様、豊富なキャリアを積んだ人が集まり過ぎても、音楽的にまとまりがつかないかな・・・などといろいろ想像してしまう。

 思わぬ「雪」から思い起こした音楽、思わず楽譜を見てしまった。混声合唱組曲「心の四季」 昭和45年発行、350円 と書いてあった。



 二百二十三段へ   二百二十五段へ