徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百二十九段*<音楽のフルコース>2009.3.4

 小品といえば、ルロイ・アンダーソンの曲も好きだった。シンコペイテッド・クロック、ブルー・タンゴ、タイプライター、ジャズ・ピチカート、ジャズ・レガート、そり滑り、トランペット吹きの休日、など、どんどん出てくる。


 トランペット吹きには、「休日」もあるし、「子守唄」もあるし・・・で、ジャズ・レガートとジャズ・ピチカートと同じ手法だ。頭の良い発想だし、発想を曲にできる才能も十分すぎるということだ。

 生の演奏会で聴くとなると、この中の数曲がちょうどいい曲数かなと思う。アンコールにはぴったりだ。わかりやすいことこの上ない。題名と出てくる音楽がぴったりなのだから。
 本物の時計を使ったり、本物のタイプライターを使ったり、で小物の楽器が大活躍だ。ただし、短い曲ばかりだから、演奏会でこれらをメインプログラムには使いにくい。

 一晩の演奏会の形式は、伝統に従うと、実によく構成されている。まず、序曲・・・大体、序曲だからあまり長くもなく、しかし、曲としてはまとまりがよく、演奏会の冒頭にはぴったりだ。指揮者も演奏者も肩慣らしといった感じか。
 次に来るのが、コンチェルト、協奏曲だ。これは、腕の良い人気のあるソリストを呼ぶと、お客さんも喜ぶし、ソリストは注目されるし、オケは伴奏部分が多いので、少々力を抜くことも可能だ。この部分は演奏者にも聴衆にも願ったりかなったりの部分だ。
 そして、最後に交響曲・・・これは曲の長さも長いし、形式としても確立された構成のはっきりした、聴きごたえのある曲が多い。
 聴く側も演奏する側も、ピアノからだんだんクレッシェンドしてクライマックスで一晩の演奏会が終わるという、心理的にも理にかなったプログラムだ。それにプラスして、アンコールで食後のコーヒー・紅茶を飲んだような気分になって帰路につければ最高だ。

 この例に倣わない演奏会ももちろんたくさんあるし、交響曲も大曲になると、演奏時間からしてもその曲しかやる時間がない、物理的に無理、という曲もある。その時は当然一曲だ。
 小曲やコンチェルトは息抜きにもなると書いたが、息抜きも人間には必要だろう。
 (コンチェルトはソリストと指揮者だけは息抜きにはならないのだが)緊張をほぐすためにもコンチェルトの後で、休憩が入り、改めてメイン料理を食すような演奏会の組立・・・先人は優れた方式を定着させたものだ。



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