徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百三十一段*<携帯メール>2009.3.6

 いつの間にか夜が更けていて、夜明け近くになることがある。少し前までは音楽を聴いていて、気持ちが高ぶって、ということが多かったのだが、最近は事務的な作業をしていて・・・だから、精神的な満足感は今一つだ。音楽を聴いても眠りには入りにくくなるし、事務処理をしていても時間がかかり、でこの整理は案外難しい。

 友からの連絡があった。そう、前段の心配していた彼だ。会社の合併対応や親御さんの体調不良が重なり、気持ちがいっぱいになっていたようだ。私に具体的にできることはなく、心配だけしかできないのだが、それでも原因が少しでもわかれば、やや安心もする。しかし、本人はつらい毎日だろう。

 通信手段として考えてみると、携帯電話でさえも今では通話よりもメールが主になっているのではないかと感じるほど、状況は変化した。手紙をポストに入れて、返信を首を長くして待つ、なんてはるかかなたの出来事のようにさえ思えてくる。E-mailはリアルタイムにやり取りができる優れた通信手段だ。手軽ともいえる。欠点は、なぜか文自体が短めになり、かつ文章の推敲を十分できないままに送信してしまう、ということだ。これは私だけかもしれないが。その結果、時々、意が伝わらずに誤解や不十分な解釈をされてしまうことがある。

 携帯からのメールだと余計にそうなるかも・・・。入力をする時に、私の場合は片手の親指だけですることが多いからかなとも思うのだが。指は太いし、キーは小さいしで、男の私にはちょっとばかり窮屈な思いをする。女性や指の細い人には快適かも知れない。送信された文を読んで、すぐに反応が可能で、その反応も的外れ、だったり・・・で、私の中の携帯メールは心情を書くには不向きだということになっている。心情をメールに書こうとして、自制をすることもある。

 事務的な連絡等には、役に立つことは間違いない。何年か前の携帯メールは、単語の予測変換機能がなくて、当該の字が出てくるまでキーを押す必要があった。結構不便だと感じていたが、いまは勿論予測変換がますます機能アップして、学習してくれる。それと最近使うのが辞書機能だ。重い広辞苑や大辞林の中から言葉を探さなくても済むようになった。私にはありがたい機能だ。

 この徒然草はもう二百段は越えたかな。本家、徒然草が二百四十段くらいだと聞くから、それに迫っているか。ただし、私の内容は日記か雑記の類いだから比べるのも申し訳ないくらいだ。



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