徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百三十三段*<切望…阿修羅との初対面>2009.3.8

 東京での阿修羅展がもうじき開催される。興福寺創建1300年記念の催事だとか。阿修羅のファンクラブとか阿修羅のテーマソングとか、主催者の発想のユニークさに刺激を受ける。都内を中心にかなりの範囲の地域から展覧会に足を運ぶのではと、開催前から混雑ぶりが想像できる。
 ガラスを通してではなく、正面と側面から見るだけでなく、360度で見ることができるとなれば否応なしに心が躍るというものだ。
 薬師寺展の時に、日光菩薩、月光菩薩を背面からも見た記憶がよみがえった。後姿は、流麗な菩薩像のラインがより立体的に感じることができ、後姿の説得力に新鮮な思いを持った。「背中を見る」という意味合いが自然に、そうだ!と得心がいった。格言で使われる場合は「背中を見る」の意味合いは違うのかもしれないが、とにかく、「背中」の大切さを改めて感じたことは事実だ。

 阿修羅の呼称のイメージとは反対の、顔の表情の穏やかさにも心がいやされる。今風でいう「イケメン」の顔か。今風でなくても、イケメンは、千年以上も変わらないということかも。
 同時に見ることができる八部衆の像も、表情が様々な人間の顔の表情を出しているといわれる。何といっても、高校生の時に見たはずなのだが、記憶ははるかかなたに飛んで行ってしまったのが惜しく思う。その時の記憶は薬師寺の三重塔(東塔か西塔のどちらか)と薬師如来と日光、月光の両菩薩だ。いや、待てよ、もしかしたら興福寺は外観だけ見て、中には入っていないかもしれない。京都の広隆寺の弥勒菩薩は鮮明に記憶にあるから、もし、阿修羅を見ていたら、記憶に残らないはずはないだろうと、これを書きながらだんだん確信してきた。
 とすると、もし開催期間中に阿修羅展に行けたら、正真正銘の初対面?か。阿修羅は対面したくないかもしれないが、私はかなり対面するのを望んでいる。



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