徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百三十四段*<山の絵葉書>2009.3.9



 以前学校で一緒に仕事をしていた同僚からハガキが届いた。絵ハガキで、雪を抱いた山の写真だった。Kilimanjaroと書いてある。有名な山ではないか・・・。そこに「二年前に登頂した山です」と書いてあった。素直にすごい、と思ってしまった。

 浅間山へ気軽に単独で登山に行った話は、以前の段で書いたとおりだが、その時は中学校の音楽の先生だ。市の教育行政にもたずさわり、教頭も経験し、退職してからは、教育研究所の教育相談員をされているだけかと思っていた。さに、あらず、若い時代からの登山の道をさらに進み、エキスパートになっているとは・・・。

 公務員を退職して日本や世界へ旅行に行く人は結構いるし、時間の余裕ができてから見聞を広く持とうと思ったり、旅の楽しみを味わいたいとは多くの人が思うことだろう。この場合は余暇を十分に楽しみ、充実させたいとの願いを満たすことの一つの方法だ。
 この人はその段階ではなく、登山のレベルをさらに高めて、日本から世界の山に挑戦とは、うらやましくもあり、そのための努力にも頭が下がる。ブログを読むと、日々のトレーニングの様子がわかる。私のやっている指揮者への挑戦よりも、こっちのほうが魅力的に思えてきた。人との対話よりも山との対話のほうが、精神が健康になりそうだし、体にもよさそうだ。

 ただし、この人も若い時からの積み重ねの上に立っての今の登山レベルだから、急に数年やってみても、とても世界の山に挑戦までには至らずに時間が終わってしまうだろうとは自分でも予測可能だ。それに、だいたい肉体的苦痛にめっぽう弱い私では、氷河を踏破し、何時間も重い荷物と悪路や悪天候の中を歩くところを想像しただけで、だめそう!だと己を分かってしまう。それに「歩く」のではなく「登る」のだった。

 絵ハガキの山の姿が素晴らしい。Kilimanjaro・・・名前もいい。私が使えるとしたら山の絵ハガキは、筑波山か鋸山か。高さでもKilimanjaroに対抗はできない。見た感じもかなわないな。雪も積もらないし。

 本格的な登山でなくても、低い山でもいいから、自然の中に入りたくなってきた。
 私の指揮リサイタルの前日に、この人は日本から今回はヒマラヤへ行くそうだ。うらやましい。山は人とは違って、悪意を持ったり、だましたり、裏切ったりはしないだろうから、精神にはやっぱりこっちのほうがいいかな、と思う。人間と対話をするか、自然と対話をするか、いや対話では済まなく、人間と戦うか、氷河と戦うか、どっちが気分のよい戦いになるかは推して知るべし、だ。



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