徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百三十八段<匿名社会>2009.3.13

 夕方から夜にかけての時間帯の電車に久しぶりに乗った。勤務が終わっての時間からか、電車の混雑はかなりのものだった。終電車やその一、二本前の電車が、遅い時間にもかかわらず乗客が多く、都内で多客のために遅れが出るのが当たり前になっているのは何回も経験しているので驚かないが、夕方にも混んでるのをあらためて感心?した。

 これだけの人がいるのだ、と数が多いなあとも思い、多すぎるかな、等とも思ってしまった。
 これだけいれば、いろんな考えを持った人がいて、いろんな行動をするだろうな、と考え、毎日起こる事件も当然かも、と思えた。

 ネットの書き込みも、なんでもあり、で当たり前かとも・・・匿名だし、欲求不満のはけ口か、愉快犯のような感覚を持つのか、とにかく批判や中傷と思えるものが多い。
 管理者から誹謗中傷の書き込みはしないように、と注意書きがあってもなんのそのだ。書いた方が勝ち、のようなどうにもならないようなものを目にする。

 あまりにひどいケースでは警察が摘発するが、氷山の一角にしかならないだろう。取り締まりをきつくしようとすると、表現の自由との観点で異論が出てそれもなかなか進まない。

 日本人の謙譲さとか、お互い様とか、恥とか、ご先祖様に顔向けが出来ない・・・といった美徳はどこへいってしまったのか。稲作民族の優しい助け合いの精神が希薄になってしまった。台頭してきたのが弱肉強食か。狩猟民族に近づいたのか。農耕民族の遺伝子がそう簡単に変わるのか?
 疑問が湧くばかりだ。そして、匿名性を良しとする風潮が跋扈する。対象がはっきりしている者に匿名で非難をするなんて、昔なら卑怯者と蔑まれただろうに。

 匿名性の社会か。考えてみれば教育現場でもしょっちゅうあったことだった。教育はその時の社会状況を反映する。
 匿名社会、迎合社会、なんでもありの社会、サービス過剰社会かも。サービスを受ける側の視点に立ちすぎ、する側を責める。何事も責めすぎれば待っているのは、反動だ。いまが反動形成を待っている時かもしれない。



 二百三十七段へ   二百三十九段へ