徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百三十九段*<芸術家の執念>2009.3.14

 画家 中川一政・・・「静物 薔薇」・・・生涯追い求めたもの。1991年2月5日没、97歳。
 96歳の時の誕生日を祝う会の時の録画が流された。矍鑠としていた。命尽きるまで画家でありたいと願っていた。晩年は視力が衰え、色もよくわからなくなった。晩年の作品は色調が少し暗くなったといわれている。色がわからないから、かすかな視力と絵の具に書いてある「色名」をもとに作品を描いていった。それも録画されていた。

 何という執念か。絵に対するひたむきな思いが伝わる。学歴のなさに劣等感を持ち、先輩の梅原隆三郎には対抗心を燃やす。没する直前まで絵筆をとっていたろうと推測される未完の薔薇の絵・・・モーツァルトのレクイエムの作曲が半ばの「ラクリモサ」の途中で終わっているのを思い浮かべた。

 本当の意味での芸術家は、命が尽きるまで芸術家だと思う。彫刻家の船越保武さんも、病で右手が利かなくなってからは、左手だけで彫塑をしていた。刻まれた形は不自由さがにじみ出ていた。表面だけ見れば痛々しいが、内面はどうだったのか。ただただ、そのひたむきな姿に心が動いた。

 命には限りがあり、つまり時間には限りがある。その限られた時間をどう使うのか・・自分を厳しく律し、一つの道を追い続ける。これは重要な生きる道の一つだ。凡人の私はどう生きるのか。どう生きればいいのか、永遠の課題で終わってしまいそうだが、一瞬の時間の積み重ねの中からでしか得られない答えだとはなんとなくわかっている。一瞬の時間の積み重ねでは、シビア過ぎるか・・・毎日の生活の積み重ねと言いなおそう。



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