徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百四十二段*<映像の力>2009.3.17

 昨日今日とめっきり春の気配が漂ってきた。春の訪れを時には「疎ましく」、時には「トキメイテ」、人生の時間は粛々と流れて行きます。とメールに書いてくれたのが敬愛するT先生だ。草木が鼓動を始めたことを喜ぶ一文もあった。疎ましく、とトキメイテと正反対のことを春の到来に感じるとは・・・T先生の深い人生経験(本当に、深い、そして、さまざまな出来事)から自然に出た言葉だと胸が痛くなった。事務的な連絡のやり取りの中にこんな言葉を使ってくれるとは・・・私はそれだけで、心が震えた。
 鋭くもあり、自然であり、諦観も感じられる、そんな語句を使える人間に私もなりたい。

 「その時歴史は動いた」で、テレビの歴史をたどっていた。モノクロの画面で力道山が登場するプロレス中継を街頭テレビで見ている場面や、60年安保闘争のデモや、学校で教育テレビを見ている場面が出てきた。蓋のついたケースの中にテレビが鎮座しており、おかっぱ頭の少女が大切そうに布でテレビを拭いていた。
 映像の持つ影響は大きく、ラジオの比ではない。もうその当時から、テレビの持つ功罪に警告を発していた人がいた。デモ行進の画面を見て、東京中がこんなに混乱しているのだと、地方の人が思ってしまうかもしれないことを例にあげていた。あくまでも、あるフレームから見た画面だということを意識せよと警鐘を鳴らしていた。

 音楽会の中継を思い浮かべた。確かに実際の会場では指揮者の顔を正面から見ることや、演奏家の表情をアップで見たりすることはできない。ところがテレビではそれが可能になるのだ。最近は日本のホールも舞台を客席が囲む形での座席配置の施設があるから、それほど不思議とは思わなくなったが、多くは客席からは指揮者の背中を見ていることが多い。
 視覚の記憶は強烈で、思えば私の中での指揮者の記憶とテレビを通してみた顔の記憶はほとんどイコールだ。
 この、実際の視点では見られないものを、レンズは動きながら、遠近をつけて見せてくれる。当時の皇太子のご成婚パレードでは、道路わきにレールを何百メートルか敷いて、その上に台車をのせ、カメラとカメラマンが乗り込み、それを後ろから二人の人間が押して、馬車と同じ速度で皇太子ご夫妻を追っていた。沿道の人は馬車が一瞬で通り過ぎてしまうのだが、テレビを見ている人はその何倍もの時間、馬車を見ることができていた。これには感心した。

 指揮者や演奏家を見るときに、私の中でテレビの映像で見るその姿は、あまりに、壮年期と老年期の違いがはっきりとわかってしまう、テレビはある意味で冷酷な力を持った存在だ。さらには、録画という技術でその違いをいつでも確認することができる。
 しかし、ある面では冷酷であるが、ある面では温かい力も持っている。たとえば、大切な人の在りし日の姿と声との両方を動画で振り返られるのはありがたいことでもある。

 日本でテレビ受像機を作り出したのは高柳健次郎氏だ(字が違うかもしれない、すみません)。テレビの日本語の名前は「無線遠視法」と呼ぶのだそうだ。確かに・・・と納得だ。



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