徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百四十五段*<人の世>2009.3.20

 「されど同じ安息日の夕暮れに」・・・尾崎喜八さんの朗読を耳にした。カセットテープを探していて、偶然に録音していたものを見つけた。相変わらず、偶然、だ。レコードの録音を気に入って、10分のカセットテープにダビングしたものだ。今ではレコードからカセットテープに録音する機械もなくなってしまった。私の手元からは。
 「旅愁」も一緒に録音していた。宇野功芳さん指揮の日本女声合唱団の演奏だ。そして、尾崎喜八さんの朗読のバックには、ピアノ独奏でバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」のメロデイーが奏される。宇野功芳さんは、詩人の尾崎喜八さんをこよなく尊敬されていた。著書の「たてしな日記」を読めば、その傾倒ぶりが否応なく想像される。この詩の朗読と宇野功芳さんの指揮での旅愁・・・我ながら、そのぴったりした組み合わせに顔がほころぶ。
 しかし、この詩の「されど同じ安息日の夕暮に」はおろそかには聴けない。聴けば胸が詰まる。それに耐える心の力か心の余裕が必要だ。もし聴く機会を持てる人にはぜひ聴いてほしい詩と作者自身の朗読だ。

 城山三郎さんの「落日 燃ゆ!」がドラマになった。主人公は広田弘毅、戦犯として唯一の文官での死刑になった人だ。総理大臣を一回、外務大臣を二回勤め、外交による戦争回避を試みたが、かなわず、絞首刑・・・東京裁判自体にも異論が唱えられているのだが、それにしても、裂帛の気迫と責任感の重さに心打たれた。
 「自ら計らず」・・・この言葉に清廉潔白の人柄を感じた。大量の人の命のやり取りになる戦争をどうとらえるのか、これも、きわめて難しい問題だ。戦争とテロが無くならない地球を見れば、いかに根絶が難しいかを物語っている。

 27日に一緒に舞台に立ってくれる予定のTくんのお父さまが今日逝去された。ゲネプロは通夜と重なり出られなくなったが、本番には出てくれるという。これが人の世だ、とはわかってはいるが、その喪失感を思えば言葉が出ない。もう一人のメンバーもお父上の命が危ういとのこと、今日になっての欠席だ。それぞれに厳しい人生の中での27日の演奏会だとしみじみ思った。人の思いは仇やおろそかにしてはならないと気持ちを新たにした。



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