徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百六十段*<メンデルスゾーン「イタリア」>2009.4.5

 メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」を初めて聴いたのが、中学生の時だった。演奏はミュンシュ&ボストン交響楽団、レーベルがビクター、30pのLPレコード、モノラル録音、B面が交響曲第5番「宗教改革」、ジャケットの写真はローマの遺跡か、・・・といったようなことを思い出した。レコード会社の見本盤だった。いわゆる白レーベルだ。この演奏は好きだった。ミュンシュ&ボストンの組み合わせなんて知らなかったが、情熱的なエネルギー感あふれる演奏だった。

 前段で、イタリア交響曲のことに少し触れた。イ長調で一楽章が始まるのだが、二楽章、四楽章が短調になっている。明るい中にも、微妙な陰影を感じさせる・・・それが惹きつける要因の一つだろう。

 演奏は、意外に単純にはいかないようだ。ただ、素直にだけ演奏すれば奥行きの少ない、明るい曲で終わってしまうし、だからと言って、三番の「スコットランド」や五番の「宗教改革」のような暗さを強調してもおかしいし、で思ったより難物かも知れない。

 極めつけの演奏は、アバード&ベルリンフィルの演奏だ。アバードがベルリンの音楽監督になって間もないころの演奏が録画されている。団員は新旧入り混じっての編成だ。この演奏が躍動感と索漠感を見事にあらわしている。ショルティ&シカゴは勢いがありすぎて、表現が表層的に聴こえてしまう。パワーとオケの腕が高いだけでは感動は生まれない一例でもある。明るさと暗さのバランスの良さは、サヴァリッシュ&フィルハーモニア管弦楽団も秀逸だ。惜しむらくは、ベルリンフィルとではオケの味というか、単刀直入にいえば、腕と志に少し差があるようだ。

 記憶の中では、マルティノンがN響を指揮したテレビでの画面と演奏が印象深い。フワッとした空中で浮いているようなマルティノンの指揮が特に目に焼き付いている。ミュンシュがマルティノンの師匠だ。指揮法でいう脱力ができた自然な腕の動きということだ。

 メンデルスゾーンの交響曲は三番、四番、五番が比較的演奏される曲だ。五番は二回指揮をしたことがあるが、この五番を含めて三曲の交響曲はぜひ取り上げてみたい曲になっている。ブラームスの四曲のシンフォニーの後になるかな、と想像を膨らませている。



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