徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百六十一段*<風が>2009.4.6

 風が桜の花びらを散らす 春がそれだけ弱まってくる ひとひらひとひら舞い落ちるたびに―――人は 見えない時間に吹かれている

 桜がやっと満開になった。桜の満開はごく短い。そんなことを考えていて浮かんだ詩が、吉野 弘さんの上記の詩だ。詩の題名は「 風 が 」・・・

 3月27日には桜はまだ一部咲き程度だった。それから10日、見事に満開になった。これで風か雨になればあっという間に散っていってしまうのだろう。花の多くは美しく咲き、そして美しい時期は短い。桜の見事なのは、散る前に茶色になって枝にしがみつく様子がないことだと思う。咲くときも一瞬のうちに咲き、散る時も一瞬だ。桜の花びらが茶に染まっているところは見たことがない。散った後はすぐに新緑の葉桜になる。善し悪しのことではないのだが、5月になればチューリップが咲くだろう。チューリップは咲いたときの一輪の美しさも見事だし、群生して咲いていればそれも見事な美しさだ。桜と違うのは、花がしおれて、首をたれ、色も萎えていくのをしばらくの間見せるところだ。このあたりは草花と樹に咲く花との違いだろうか。

 コブシも咲き、スイセンも咲き、これからが春本番・・・会社では新入社員が研修の時か。学校では入学式たけなわの一週間、心も躍る、しかしほんの少しの間の絶好の季節がめぐってきた。
 季節を吉野 弘さんのように単語でたとえれば、春は・・風、夏は・・光、秋が・・雨、冬が・・雪、となり、  そして、人は 見えない時間に 吹かれている、みがかれている、包まれている・・・。

 雨が銀杏の金の葉を落とす 秋がそれだけ透き通ってくる 薄いレースの糸を抜かれて・・・・・ここまで詩を読めば、春と秋が似ていることに気がつき、鋭い感性に心が動く。この「 風 が 」の四つの部分に分かれたさりげない詩に、私はたまらなく惹かれる。



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