徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百六十五段*<お役所>2009.4.14

 演奏会を開催するときに、後援申請を幾つかの機関にお願いするのだが、時に首をかしげるような対応をされるときがあり、不信感や失望感を抱くことがある。ある、官庁に「名義後援」の申請をしようとしたのだが、書類の様式を送ってもらう前に、電話での聞き取りがあり、事前に資料を送り、書類を提出したら、しばらくして、申請を違う「課」に出すようにと指導を受け、その「課」に問い合わせをしたら、また、同じようなヒヤリングを受け、挙句には「知事選挙が終わり、知事が変わったから、書類を回すのに通常よりも期間がかかる」と言い出した。知事が変わったから、行政のスピードが変わるとは知らなかった。県民の組織している団体の書類を決裁するのに、一か月以上もかかるとは・・・そして、最後まで言っていたことが「申請が通るかどうか、わからない」ということだった。
 許認可事業ならいざ知らず、振興事業で、文化振興が担当のセクションの担当者が言っていいセリフか?と少し腹立たしくなってはきたが、ここは、我慢のしどころと、低姿勢に終始した。しかし、役所での行政職は自分でも経験した。確かに同じような傾向はあったが、もう20年近く前のことだ。文化行政では少しは発想が変わっているかと期待をしていたが、相変わらず「お上」が許してやる・・・の発想を思わせる言葉の連続だ。

 昔、作品制作の依頼に、ある芸術家にお願いに行ったことがある。その時に、県庁の行政職の一人が同行していた。そして、お願いの話の最中に出てくる言葉が、「知事が・・・」「知事がこう言っている」という言葉だ。そして明らかに「知事が・・・」という言葉に不快感を示す相手の芸術家が目の前にいるのに、「知事が・・・」の連発だ。
 制作者の芸術家にとって「知事」だからどうした?という思いがあるのは予想がつく。知事の部下ではないのだから当然だ。その人を前にしても「知事が・・・」を連発する県庁職員・・・これでは話もまとまらないのも当然だ。

 このときのことを思い出した。私の出会った行政マンは、考えが柔軟で、発想も豊かで、さすがに優れていると感心した人が多かった。が、中には、俗に言われる「お役所仕事」感覚の人もいた。私はどちらかというと役人贔屓なのだが、今回のような名義後援申請でのやり取りを経験すると、その考えも変えなければならない。
 今回、担当者の指示とおりに書類を提出し、ことの結末がどうなるかをしっかり見届けるつもりだ。国民のほうを向かない国家公務員、県民のほうを向かない地方公務員、市民のほうを向かない市町村職員・・・だとしたら、どこを向いて仕事をしているのか?昔と変わらぬ「官尊民卑」か。



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