徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百七十段*<想い出の断層−67−>2009.4.22

 大正元年、父 武司が生まれた年だ。存命なら今年で97歳になるのか。
 この徒然草で父親のことを少しだけ書いておきたいと思った。私の兄二人のうちの次兄はすでに死去し、残りの兄弟姉妹の中で、とりあえずでも文章に書き置くことのできる環境にあるのが私だから、思いつくままに書いておこうと思った。先月の指揮リサイタルの時に、この徒然草の一部が「つれづれ棒振り日記」という小冊子になり、プログラムと一緒に配られた。

 徒然草も書き続ければ、また、教え子たちが冊子にして残してくれることもあるだろう。そうなれば、私の父のことも文章として残るということだ。故・古谷武雄先生も「星はまたたく」の題名で父君・春吉氏のことを語っていた。

   父の名を    呼ばえば 遠し
   返すなき    声の 静寂に
   すすり泣く   宵の 星影
   晴れて泣く   夜半の 星影

 早くに亡くなった父親を偲んで少年期に作った詩だそうだ。思い切なく胸がふさがれた時は、西北の空を仰いだと・・・
 私には詩を書く才はない。少しの文章で父を偲ぶことくらいが精いっぱいだ。父にきちんと感謝の言葉を言うことさえも考え付かず、毎日の忙しさを不思議に思わず、それにかまけ、子供としての謝意を病床の父にさえ伝えられなかった。いつもそうだ。後悔先に立たず・・・だ。

  親指一本と四本の指とが いつも対立しているが
  お茶を飲もうとするときに どの指でもかまわない
  親指と相談した時に たやすく目的を達せられることが
  もし 親指を除外したら 他の指が総がかりでも 
  茶碗を持つことができないし お茶を飲むにも不便である
  親指は短く背が低い スタイルも大いにわるい
  節も ひとつ足りないようだ
  しかし 親指を除外したら 何もできなくなるのではないか
  親指と腹を合わせたら なんでもたやすくできるのだ
  親指に相談せよ 親指の徳をいただき
  親指の真心に目を開け  たとえ全世界が敵となっても
  親指が味方なのに
  親を粗末にする馬鹿な奴と
  大自然は 指をもって教えている

 この言葉は古谷先生のものだ。私への便りの最後には、いつも「ご両親を大切に・・・」と結んであった。父がいなくなってからは「母君を大切に・・・」だ。短い文に込められた古谷先生の思いを悟るには時間がかかった。これも鈍い私の感性ゆえだ。

  死にゆくは人のさだめと亡き父の ささやく今宵いざ仕事せむ



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