徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百七十五段*<夜中のTV>2009.5.3

 この徒然草を書くのが、どうしても夜更けの時間になってしまう。もちろんフルタイムで勤務していた頃にはこうはできなかったのは当たり前なのだが。自由業になった恩恵か?
 健康には晴耕雨読がいいのは分かっているし、早寝早起きが良いのも分かっている。そのつどの状況に応じての生活スタイルをとっているということか。
 私の場合は、体調の不調は体がシグナルを出してくれるし、それほどの無茶ができないのが幸いかもしれない。
 時々、健康に留意する行動をとって体調の帳尻を合わせているというところだ。夜中のテレビが意外といいのだ。昼間のバラエティーもどきのうるささとは違うテレビの魅力がある。
 結構、人生や芸術や自然に関するものが多く、見ていると得をしたような気持にしてもらえる。再放送も多いのだろう。

 今日はルー大柴のインタビュー番組が心温まるものだったし、本を読むのとは違う種類の説得力をテレビは圧倒的に持っている。だからこそかかわる人たちの高い意識が望まれるのだ。NHKアーカイブスで、イタリア歌劇団来日からの収蔵画像を流していた。ほんの少しだが、ピエール・モントゥーの指揮、アンドレ・クリュイタンスの指揮も登場した。カルロス・クライバーも・・・。クライバーからがカラーだった。あとは白黒の画面だ。テノールのマリオ・デル・モナコ、ホセ・カレーラス、パバロッイテイ、ドミンゴの若い日の歌声とその姿を見ることができた。

 なぜか、今の音楽家が小粒に見えてきた。名前を挙げた人たちの、大家としての存在感は何なのだろうかと思った。ベネデッテイ・ミケランジェロのラベルの協奏曲・・・これも、印象的だ。

 キーシンやレーピンが白いワイシャツ姿で演奏しているのが初々しい。着ているものから受ける印象もあるかも。舞台衣装だが・・・。今は、奇をてらったというか、目立つというか、イケメンで、フアッションも伴わないと売れないか・・・と思わせる人もいる。

 舞台人としてはそれもありかなとも思えるし、それはおかしいだろうとも思える。聴衆を大きく意識しすぎると、舞台人としての職をおのずから低くしている結果につながるのでは、と危惧をするのだが・・・。商業べースがあればこその存在だと割り切ってしまえばいいのかも知れない。芸能人は急に売れていつの間にか忘れられてしまうことが結構あるのだから音楽家も同じといえるかも、と書いているうちにやや暗くなってきた。

 ニュースは豚インフルエンザが、報道の中心だ。冷静に報道してくれることを願うばかりだ。急に同じ道を歩むようになる日本の国民性?のようなものは要警戒だろう。



 二百七十四段へ   二百七十六段へ