徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百七十七段*<メンデルスゾーン生誕200年>2009.5.8

 メンデルスゾーンが生誕200年を迎える。生誕といえば、松本清張が生誕100年とのこと・・・メンデルスゾーンと松本清張と100歳しか違わないのだと私は意外に感じた。メンデルスゾーンはかなり前の人で、松本清張は相当自分に近いと、やや錯覚に近い時間の差を勝手に描いていた。もっとも、100年という時間を長いか短いかを感じるのは人によって違うだろうが。

 生誕・・・周年というと記念の事業が数多く開催される。その人を忘れないということで考えれば自然なことだし必要なことだ。
 メンデルスゾーンは銀行の頭取の息子として裕福な家庭に生まれ、経済的に不自由のない生活を送った。当時の作曲家としては珍しい存在だといわれる。そしてバッハの死後、「マタイ受難曲」を初めて演奏指揮をした人でもある。指揮者としての独立した存在を、初めて確固たるものにした人でもある。ライプツッヒゲバントハウス管弦楽団の指揮者としても有名だ。26歳の時だ。シューベルトの交響曲の最後の「ザ・グレ−ト」を初演したことでも知られる。「初めて・・・」の形容詞を多くつけられる作曲家でもある。そして、最期の言葉が「疲れたよ、ひどく疲れた」・・・38歳の死だ。才能がありすぎたのかも知れない。

 メンデルスゾーンの曲に共通していることがある。それは、明るさの中の暗さ、あるいは暗さの中の明るさ、といっていいのか。とにかく、相反する二つが共存している。暗さは重い暗さではないのだ。暗さに軽い重いと分けるのも変だが、共存と混在しているが故の印象だろうか。

 八月にブラームスとメンデルスゾーンのシンフォニーを同時に取り上げる。1833年と1809年の生まれで24歳の年齢差がある。ブラームスのほうがよりロマン派の傾向が強くなっている。そう思えば、二人の作風の違いもわかりやすい。片方は古典派とロマン派の中間的存在、片方は後記ロマン派の代表的存在だと理解するのが普遍的だろう。

 二人のシンフォニーを同時に指揮をすると、曲の雰囲気が予想よりも大きく違うことにハッとする。たとえば、ベートーヴェンとチャイコフスキーを同時にやる時よりも雰囲気が違うのだ。新しい発見をした。個性といえばそうだろうし、かなりの雰囲気の違う作曲家の演奏を同時にできる喜びもあるし、大変さもあるのだが、来場のお客様にはロマン派の作品の力強さと哀愁の二つを味わっていただける絶妙のプログラムだと思う。生誕200年と4番つながりのプログラムなのだが、けがの功名・・・ともいえる。



 二百七十六段へ   二百七十八段へ