徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百八十三段*<どこか、遠くへ…>2009.5.21

 最近、無性に緑と自然の音を味わいたくなる。緑は家の目の前にも小さな林があるし、街路樹は豊富だし、コンクリートジャングルの中で生活しているわけではないのだから、味わいたいのは正確には、高原の「緑」だ。標高千メートルくらいの緑の中に体を浸したい。

 周りが緑いっぱいとなれば、聴こえてくるのは鳥の鳴き声だ。郭公くらいしか鳴き声を聞き分けられないのだが、鳥であれば何でもいい。あとは、川の流れる音か・・・。山の温泉宿は川の近くに建っていることが多く、水量が多く、ゴーゴーと流れる音を聴きながら眠りに就くのが何ともいえない快感だ。人によっては川の音がうるさくて眠れなかった、という人もいるが私は反対だ。川の音は微かな音よりも、音量勝負だ。

 高原はとにかく、開けた高原が好きだ。木々が多く鬱蒼とした感じよりも、天空の感じだ。そんな高原を自分が空を飛んで見ている、という夢を見たことがある。このときは、目が覚めても爽快だった。爽快な夢はめったに見られないのが残念だ。夢も人が出てくると寝起きが苦しい。自然だけだと寝起きが爽快だ。

 想い出というのは20代で作るのかな、と思う。その頃の思い出は何と印象深いのか。そう考えれば、一般に言われることと私は違うことを言おう。10代、20代は大いに遊べ。大いに思い出を作れ、と。
 どうせ、人間はその年齢になればそれらしくふるまわなくてはならなくなる。家庭を持てば、少しは我慢をしなければならないだろう。歳は否応なくとるものだ。しがらみや、ねたみや、疑念の中で生きていかなければならなくなる。その時に・・・想い出は・・・「甘く、悲しく、甘く、優しく」心の傷をいやしてくれる。

 歌の歌詞のとおりに「どこか、遠くに行きたい・・・」そんな心境の昨今だ。



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