徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*二百九十段*<夢の話>2009.6.8

 夢の話を少し書こう。夢のことは何回かこの徒然草に書いた。

 昨日夢を見た。以前勤務した学校に新しい後任の教師を訪ねてゆく。音楽の教師だ。なぜか吹奏楽部の顧問の教師を訪ねていた。ちょうど、生徒が練習をしている。その中の生徒に尋ねる。○○先生は?と・・・生徒が答える。さっきまで居たんですけど・・・と。

 私はその生徒に見覚えがあった。今、何年生になった?とその生徒に訊く。○年生です、とその子が答える。
 そのあたりで目が覚めた。今は無論学校に勤務していない。中学校の教師だったころのことを思い出しての夢なのか、と・・・未練がましい・・・と、そんな自分が嫌になった。いやな夢だと思うとともに、16年間生徒と一緒に音楽作りをしてきたのだが、それよりも長い時間を第一線の現場から離れたことへの後悔の夢かとも思った。

 今日、たまたま、県外の中学校の吹奏楽の指揮に行った。それとほぼ同じ会話をした。一年に2,3回お邪魔する学校だ。去年見た顔の生徒の何人かは記憶がある。50人から70人を数える部員数だ。全員を覚えてはいないのだが、何人かは記憶に残っている。その生徒に尋ねる。「何年生になった?」と。無意識に夢と同じことを訊いている。その生徒も昨年の指導のことを覚えている。「○年生になりました」と答える。「あれ、去年の楽器と違う?」「そうです。今はホルンです。」・・・こんな他愛のない会話だ。

 学校の雰囲気と空気には独特のものがある。成長過程の生徒が何百人〜から千人と集まって何かの活動をしている。この雰囲気は学校でなければ作れない貴重な空気ともいえる。自分は嫌いだと言っていた「教える」という行為が本当は好きだったのかも・・・とも思ったし、既視感があるのかとも思った。自分が実際にすることの前に夢で実際に体験している。そんなことが・・・とも思うし、自分の脳の働きがわからない。脳の奥深いところか。この辺の解明は自分でもしてみたい事だ。予測して夢を見ているのか、起こったことを夢で反芻しているのか・・・そこが定かでないことがもどかしい。

 夢の話は書ききれないほどにある。夢の中での登場人物もいるわけだから、そのすべてを文章にはできない。
 夢は不思議だ。見た瞬間に目覚めたときはいやな夢だと思っても、時間がたつと夢が懐かしく愛おしく思えてくる。こう思えることで精神の安定を保っていられるのかも、とも思う。今夜はどんな夢を見るのか?それは私にも誰にもわからない。



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