徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*三十段*<すごい!ベルリンフィル>2008.1.1

 相変わらず、ベルリンフィルはすごい。フルトヴェングラーの時も、カラヤンの時も、アバドの時もいつでもすごいのだが、いまのラトルになっても相変わらず凄い。この凄いのが変わらないのが凄いのだ。
 演奏レベルは変わらず凄い。いや、ますます凄いと言った方が適切かも知れない。団員が代わってもその姿勢が変わらないのも凄い。凄いという語句を何回使っただろう。それくらい凄い。また凄いと書いてしまった。

 弦楽器があんなに弓を全部使うか?とききたいくらい使う。木管楽器があんなに楽器を動かして大丈夫かと思うくらい変幻自在に動かす。アンブシャーは?そんなの関係ない!という返事が返ってくるかも。パユ、フックスの両氏は名人を通り越して天才としか・・・。
 シンバルのフォルテ、フョルテシモの時に二歩前に出るか?ティンパニのスティックを頭より上に上げるか?とききたいくらいに視覚にも訴える。アマチュアの人が真似をしたらまずいと思うくらいに基礎の奏法から離れているとも言える。だからと言って音がだめなのではなく完璧だ。人間の集団とは思えない。
 理由を無理やり探せば、ただただ音楽を好きな集団だからだというのが正解かも知れない。
 演奏家はまま実力を出し切らないことや出し惜しみや調整中と感じる演奏をすることもある。しかしベルリンフィルには微塵もそれがない。本当にこの文を大げさだと感じる人もあるかもしれない。でも、まだ賞賛しきれないくらいだ。
 易しいフレーズや単調なきざみでも手抜きをしない。まずその姿に頭が下がる 。 凄いひとが集まれば凄さも何倍にもなる。その証明だ。録音で映像でまた演奏会でも見て、聴いているのだが、今日のジルヴェスターコンサートの展覧会の絵 を衛星放送でみて改めて思った。すごい、と。

 まず、音楽への姿勢を見習わねば…。このすごい!を忘れずに。

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