徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百段*<コンクールの課題曲>2009.7.7

 「わが揺りかごは 山深く 緑の森の 枝に揺れ・・・」1965年のNコンの課題曲・・・高校の部「郷愁」の楽譜がやっと見つかった。今日その譜面を見た。懐かしかった。磯部 俶の作曲だ。今から44年前の作品になる。二小節の短い前奏に続いて歌われるのが前述の歌詞だ。わかりやすい三部形式、磯部作品に共通していえる自然な構成が心地よい。

 最近の課題曲とはもちろん趣が違う。当時はクラシック系の作曲の専門家(という言い方も変だが)が課題曲を作っていた。(ような、気がする。)磯部 俶の次は清水 脩・・・もっとも、次が私の記憶では平尾昌晃(字が違っているかも・・・すみません)さん、だったことを考えればそうは言い切れないのだが。

 ここ数年の課題曲は何とも評価が難しい。小、中、高の発達段階を考えると、技術的にちょっとどうか?と思えるむきもあるし、それこそいろいろな人たちの曲が課題曲になっているのだから。旋律だけを作り、合唱への編曲は別の作曲家がする、というパターンも普通になってきた。作品の歌い継がれる時間はあまり長くはないようだ。毎年新しく課題曲がつくられることを思えば、そうそう後世に歌い継がれる傑作が生まれるのを期待するのが酷でもあり、一年だけで歌われなくなるのもよほど曲に魅力がなければ仕方のないことだろう。

 コンクールの中には、課題曲が何曲もあって、その中からの選択というのも「課題曲」という狭い観点から見ると理解ができにくい。しかし、なんでも、ある方法がとられていればそれ相応の理由や歴史があるのだから、私が理解しにくいからといってそれは間違いだと断定する気はない。素朴な「?」だ。

 合唱の家「おおば」の経営者、大庭 茂さんと話をすることができた。実に十年ぶりの顔合わせだ。同じ学校の卒業生でもあるし、この合唱の家「おおば」で、合唱ではなくてオケの合宿を十数年続けてきた。小編成のオケなら付設のホールでも十分に練習ができる。人数が少なくても「貸し切り」にしてくれるし、使う側から言うと、思うように練習ができるのと、料理が美味しいのが大きな魅力だ。息子さんたちも成長されているのはもちろんだが、たぶん、どちらかの息子さんが跡を継いでくれるのが一番いいのだろうなどと勝手に推測をしている。何十年もこの施設を継続できているということは利用者が多いということだし、音楽ホール付設の施設は他にもいくつもあるのに、相変わらずの人気だということは、経営者としての能力の高さは勿論、音楽をする人の心がわかるご夫妻の人柄がまぎれもなく信頼されているのだろうと確信する。
 なぜ、合宿をやらなくなったのか・・・これはいま一つ理由が分からないのだ。私は休むことなく音楽活動を続けていたのだが、その時は微妙に注ぐエネルギーが少なくなっていたのか?後悔の一つだ。

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