徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百一段*<「心」の力>2009.7.10



 合唱の家「おおば」のプライベートワインがある。これが美味しい。私の味覚での美味しいは、どうかな?と思われるかもしれないが、香りとか皮の苦味とか重さとか、少なくともこの三つは自信を持ってバランスがいい!と断言できる。
 また、ラベルが可愛いのだ。コーラスをしているイラストが描かれている。
 ワインの味と一緒に「おおば」での料理の味も思い出してきた。料金との兼ね合いを考えると、信じられないほど美味しいのだ。これは団員の誰もが絶賛していることなので、確信が持てる。まだ、この合唱の家を使ったことのない団体があったらぜひ一度利用することをお勧めする。

 カナダに訪問中の天皇、皇后陛下の病院訪問でのお姿が放映されていた。皇后陛下が歌を歌われた。無伴奏で・・・この歌には心を打たれた。「心」そのものの歌声のように聞こえた。
 以前に仕事で、当時の浩宮殿下の近くに寄ることがあった。その前に浩宮殿下の幼少の時の音楽指導掛の人から、いかに浩宮殿下ががまん強かったかを聞かされていた。お近くで感じるものは、やはり、少なくとも自分とは全く異なる神々しさだった。感じたことをこう書くのは問題あるまい。
 どうも、人には目に見えない力がありそうだ。さっきの「おおば」の料理の味にも目に見えない力があるのだと思う。作った人の「心」の力か。何万円もする高級旅館や高級ホテルで素晴らしい味に出合うのは、それはむしろ当然かもしれない。何万円も払っても「心」を感じさせない料理を出されたら、それこそ詐欺のようなものだから。

 「心」のまっすぐな人に出会うのは、つくづく数少ないものだと思う今日この頃だ。公務員として組織に囲われていた時には感じないことだ。人はその時の私を「・・・・・の高橋」と見て接していたのだろう。「・・・・・」というものがあれば相手も遠慮をするというものだ。だから表面を取り繕ったままでの人間関係も続くのだろう。自由業となった「私」には、何の遠慮もなくむき出しで相手が本性を出すのか。だから今のほうが、人の本心がよく見えてくる。
 さあ、この中で本当の信頼できる人を見つけるのは楽しみでもある。そして、信頼のできない人を見つけるのも楽しみだ。

 一人ではさみしい、二人では少なさすぎる、と思えば、数人から5、6人の信頼できる友が近くにいてくれること、これこそが今の私の一番の望みだ。

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