徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百二段*<官僚たちの夏>2009.7.12

 「官僚たちの夏」を見ている。昭和30年代、ミスター通産省といわれた男たちのドラマだ。戦後の荒廃から立ち上がり、今日の日本の繁栄の礎となった官僚たち・・・今よく報道される「官僚たち」とは一線を画すような熱い人たちだ。官僚と一言でいっても何万人もいるのだろうし、それこそピンからキリまでで、官僚としての矜持を持って生きる人もいれば、年金記録を改ざんするような犯罪に近い行為をする官僚たち・・・どんな職業でも最後はその「人」に行き着くのか。

 原作は城山三郎さんか(この徒然草はブログ風に書いているので、時に生じる勘違いや記憶違いはお許しください)。城山三郎さんの著書で、座右に置き時々目を通すのが「人生余熱あり」という本だ。「老後」といわれる年代の様々な生き方を描いている。私自身が老後になる前にすでに購入して老後に備えて読んでいた。

 記憶に残る言葉がある。
 「奉仕とは自分に対する善行です。」
 「人を助けること、人と分かち合うこと、あるいは人に与えることの真の報いは、自分自身が多少なりともいい人間になれることをしたという、ひそやかな自己満足でなければならない。自分自身を多少とも好きになれればいい。」

 「評判も周囲の目も、気にしない。何をいまさら・・・などと見られたりもしようが、そうしたことからも超然とする」
 こんな風に考えながら生きたいと思う私の心の中に素直に入ってくる言葉だ。
 「老後には自由が満ちている。自由あふれる生き方をし、そこに、一旗挙げる。一花咲かせる。もちろん、その旗や花は他人に見せるためではないし、他人に見えなくていい。ただ、自分の目に、その旗、その花が見えさえすればいい。」
 この本の末尾はこう結ばれる。
 「完全燃焼を求めて生きた男たち。たとえ見る人はなくとも、彼らはそれぞれに大きな落日となって輝き、音もなく地平の果てに沈む。その落日にあたためられ、わたしたちの視野もひろがってゆく。」


 城山三郎氏は奥さまを先になくされ、その時の心情を著書にしたためられた。しかし、その後まもなくご自身も冥界に旅立たれる。
 人間の生きることの虚しさを誰よりも感じられていたのかも知れない。

 三百一段へ   三百三段へ