徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百七段*<頭に浮かぶメロディー>2009.7.23

 何の理由もなく、ふっとメロディーが浮かんでくることがある。いま、浮かんだメロディーは、モーツアルトのトルコ行進曲だった。それも歌詞付きで。「ぱららん 小太鼓打つ 人形の兵隊 イチニ手を振り振り 行進だ」という歌詞だ。いつの記憶なのだろうか。たぶん小学生か、中学生か・・・この簡単な歌詞からすると小学生の時の記憶かと・・・。それにしても良く覚えているものだ。これはモーツァルトの偉大な力によるものか。
 来月に指揮するのは、メンデルスゾーンとブラームスの交響曲だ。この曲に触れている時間が今は長いのに、なんとなく、意味もなく頭に浮かんだメロディーと歌詞がモーツァルトとは。自分でも不思議になった。と同時に、懐かしくもなり心が和んだ。この歌詞が実にうまくできていて、トルコ行進曲の中間部の元気の良い部分にぴったりなのだ。

 トルコ行進曲といえば、ベートーヴェンのも、頭に浮かぶ。これもメロディーとともに歌詞がついている。「アテネの 町まち トルコの兵隊進む 小太鼓先頭に・・・」というものだ。何十年も前の記憶なので、歌詞は一部分しか思い出せない。それでも子どものころに聴いたか、歌ったか、した音楽を思い出せるなんて・・・幸せなことだ。
 タイケ作曲の「旧友」も歌詞付きでの記憶だ。「・・・世界中の 子どもよ 仲良く 手を つなごう・・・オリンピックの輪のように・・・」オリンピックの・・・のところはトロンボーンが演奏する。

 メロディーにあとから歌詞をつける、それも自然に記憶に残るような歌詞を・・・なんだかその人の才能に脱帽だ。歌詞をつけた人が誰なのかは、当時も今も不明だ。しかし、その人に感謝だ。
 「心に太陽を くちびるに 歌を・・・」という言葉がある。この、くちびるに歌を をそのまま受け入れられるのが、偶然にこれらの行進曲3曲だ。おそらく、気が滅入っているときに無意識に、元気の出るような行進曲風の曲が頭に浮かぶように、人間の脳ができているのだろう。
 それでも、同時にシューベルトの「菩提樹」や「楽によす」や「セレナーデ」も浮かんでくるのだから意外に複雑だ。おそらく私の中には、美しくも単純なメロディーを求める何かの要因があるのかも知れない。
 少しひねくれて考えれば、美しいものに「ころっ」と参ってしまう至って単純極まりない人間だとの証明だともいえる。ある面では良く、ある面ではマイナスになる原因だ。

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