徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百十五段*<ヒロシマ>2009.8.7

 86日と89日は忘れてはいけない日だ。広島と長崎に原爆が投下された日だ。「レクイエム・ヒロシマ」が120人の合唱団で演奏されていた。鎮魂曲はやはり人声がふさわしいと思わせてくれた。思いだすと広島には3回行ったことがある。そのうちの2回は平和記念公園と原爆資料館を訪れた。一回目はブラジルからの留学生を引率しての仕事としての広島だった。「貞子」像の前では心が騒いだ。ざわめいたと言っていいのか。原爆資料館は衝撃的だった。何かの時に心がざわめくというか、揺れるときがある。それには何か理由があるように思える。

 ブラジルからの留学生が広島をどのように感じたかはわからなかった。奈良・京都は物見遊山のようにも感じたが、広島では真剣な感じが伝わってきた。2回目も仕事の一つとしての視察だった。もう一度平和記念公園と原爆資料館に行ってみたかった。
 一回目と同じように「貞子」像の前ではやはり心がざわざわした。
 関東の中学生・高校生が修学旅行で奈良や京都の古都を訪れるが、感受性の強いこの年代こそ、広島には行っておくべきだと強く思う。

 半年後には、モーツァルトとフォーレの「レクイエム」の指揮をする。両方とも二回目の指揮だ。今までの指揮とは背骨が違うと思う。その一因には、この間に何人かの人との永遠の別れがやむなくあり、死ということでの喪失感は若い時よりもはるかに大きい。音楽作品、芸術作品の演奏とはいっても、演奏者の人生が反映されるのは至極当然だろうし、反映されなければ芸術ではなく、単なる見世物やパフォーマンスになってしまう。

 そういえば、最近は、芸術とパフォーマンスの線引きがあいまいになり、それは音楽にもあてまる。「なんでもあり」の実社会が、音楽でも何でもあり、となっていて、利益が上がればそれは正しく、利益が上がらなければそれは、価値がないといった風潮だ。経済大国の一角に数えられる日本だが、こと、音楽に関しては、貧しい、貧困の国だ。経済大国と音楽貧国のこのギャップの大きさが何とも言いようがない。利潤追求第一主義の現在にどっぷりとつかっている。失業率の高さや閉塞状態にも慣れてしまったような感がする。「消えた年金」問題が解決できでいない厚生労働行政にも国民の多くは半ば諦めているのだろうか。

 なぜか、拉致問題を解決できない日本政府と文化政策が貧困な日本政府が連動して見えてきた。日本国民を理不尽な拉致から救出できない政府とは、政府といえるのか。はなはだ疑問だ。素直に怒ることを忘れてしまったのがわが日本人か・・・「怒りを爆発させる」のは社会や他人が悪いと言って無差別殺人をする人間だけかと思えば首筋が寒くなる。
 「レクイエム・ヒロシマ」の作曲者が言っていた。「怒らなければ だめだ 怒りを忘れたら だめだ」と。

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