徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百十六段*<旋律の効果>2009.8.10

 今日の天気も急に大雨になったり、陽が差したりを繰り返し、夜には大荒れと予報では言っていたが、今現在、雨も降らずに、虫の音とともに静かな夜になっている。
 夜に会合が一つあったのだが、昼の段階で延期となり、そうなると夜の雨を少しだけ望んでもいたのだが、それは外れた。私が子どものころは天気予報がはずれでも不思議がなかったのだが、今は降水確率も出るし、ローカルのテレビではその地域の天気予報を流してくれるし、で、結構信頼しているのだが、さすがに外れることもあるということか。台風が絡むと特にそうなるような気がする。

 頭の中を旋律が駆け巡る。一日の中では数曲のメロディーの時もあるし、一曲だけということもある。昨日、今日はNコンの課題曲「エール」の冒頭部分・・・それが急にメンデルスゾーンの「イタリア」に変わったりもする。この旋律が浮かんでくるという理由が考えても分からない。人に聞くと同じように旋律が浮かぶとのこと、自分だけでなないようだ。
 合唱の曲と管弦楽の曲が今は浮かんで来る。吹奏楽の曲はコンクールが一段落したせいか、あまり浮かんでは来ない。

 旋律は不思議な力を持っていると思うときがある。ドラマでの「効果」としての旋律の力だ。アクションやスペクタクルの場面での音楽はテュッティで演奏されることが多く、微妙な心理描写の場面では、単旋律での効果音楽が多い。そして、そのシンプルな旋律がすごく効果的だと感ずる。「旋律」で「戦慄」が走る。

 思い浮かべる旋律は、たぶん、どこかがお気に入りなのだろう。それくらいしか思いつかない。若いころに誰かを好きになって、いつもその人のことを思い浮かべていた、なんていうのと似たようなものかとも連想してみたのだが、そんな思いははるかかなたに行ってしまった、ことに愕然とした。この発想とリンクできたほうが私には幸福感が残るはずだ。しかし、もうそう思えるパワーがないのだろう。これは、受容するしかないのだろうと思うと少しさびしくなる。

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