徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百二十九段*<正のエネルギー、負のエネルギー>2009.9.10

 前段に書いた「オーナー」でもないのだが、絶対の力を持っていただろうと思われる指揮者・・・それはシカゴのフリッツ・ライナー、クリーブランドのジョージ・セル、ボストンのシャルル・ミュンシュ、・・・と書いてみるとなぜかアメリカのオーケストラだ。それに指揮者がアメリカ人ではない。ウィリアム・スタインバークもその中の一人に入れなければ・・・アメリカから離れるとカラヤンとベルリンフィルの関係もそれに近いのか。ソビエト連邦では、レニングラードのエフゲニー・ムラヴィンスキーは絶対の統治者だっただろう。風貌も雰囲気も十分その裏づけになる。

 ハンガリーのヤーノシュ・フレンチェクとか、チェコのカレル・アンチェルとか。意外にどんどん名前が浮かんでくる。いずれも一つのオケに長く音楽監督や常任指揮者として君臨していた。おそらく昔は指揮者の権限が大きかったのだろうとは推察できる。

 最近、改めて感じていることがある。何十年も教師をやっていると何回も人事異動がある。人によっては初任から退職までずっと同じ「市」での勤務で終わる人も結構いるのだが、私は、ひとつの部署での平均勤務年数が3年未満、約2.8年くらいだ。いろいろな地域での勤務を経験した。

 「相性」・・・これが意外にあることに気がついた。勤務地や住居や周りの人にもいえるのだが、なぜか、ほっとする地域と、無駄な緊張を強いられる地域とある。これは教師に対して地域住民がうるさ型だとか理解がある、とかの話ではないのが不思議だ。地域住民の教育への意識が高く、ほとんどクレーム処理にエネルギーを費やしたところでもそれは嫌な思い出としては残っていないし、その時も、うれしくはなかったがそれほどのストレスには感じなかった。

 思うに、偽りの安定感とか、偽りの理解とか、表面上の友好関係の雰囲気に何とも言えない、違和感を覚えるのではないだろうか・・・。口論になって物別れに終わっても、反対者がはっきりしているところでは、賛成者もはっきりしていて、それが余計な神経を使わなくともよい状況を作っているのでは、と思う。

 偽り・・・これが私の一番の敵だ。偽りにはネガティブな思考や行動が伴う。何とも言えない雰囲気をその場に作る。これは正のエネルギーを持っている者には大敵だ。このネガティブな雰囲気や、偽りの雰囲気、いい加減な雰囲気を感じたら・・・これは逃げるしかない。なぜか負のエネルギーのほうが正のエネルギーよりも強い。闘っても勝てる見込みはないのだから、不毛の争いは避けて、正のエネルギー集団を探すか、自分がつくるしかない。年齢を重ねると肉体の反応や能力は落ちてくるのだが、精神の反応力は逆に高くなってくる。不思議で神秘的な人間の力を感じるこの頃だ。

 三百二十八段へ   三百三十段へ