徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百三十六段*<自分の生き方>2009.9.21

 白州次郎・・・縦横無尽に生きた人か。名前と戦後の敗戦処理に人知を尽くして、アメリカ占領軍と渡り合った人だとは認識してはいた。

 大谷吉継・・・戦国武将、関ヶ原の戦いで戦死。らい病を病み、しかしその中で、互いに信頼していた石田三成の味方をし、馬にはすでに乗れず「輿」に乗って戦いをしたといわれる人物だ。現代の「歴女」に人気があるとか・・・それもそうだろう。

 徳川家康・・・意外に人気がない。徳川幕府を開き、戦国時代に終止符を打った人なのに。豊臣秀吉の遺訓に背き、恩顧を忘れて、結局は秀頼を打ち果たしたためか・・・。この人気のなさもうなずける。

 自分の生き方を貫くとは、どんな生き方なのだろうか。生きることは「選択」の連続だ。「何を あきらめ 何を あきらめない のか」これだ。選択をしたらそのあとは「神のみぞ知る」という心境になれるのか。

 近頃の私のできる遠出は、仕事がらみだけというのがさみしい。春の息吹を花々から感じ、夏の暑さとその中の避暑を味わい、紅葉の秋を感じ、雪の白さに冬を感じる。こんな一年を送りたいのだが、それは夢のまた夢だろう。
 現実の生活に追われての毎日だから。しかし、実際は、自然はほんの数キロ足を延ばせばいくらでも味わえる。いわゆる「里山」の風景だ。ところが、私の求める「自然」の中・・・は、どうも違うようだ。日常から離れるための自然が必要なようだ。

 20代は土日といえば、月に一回は小旅行だった。土日だから、一日半のまさに小旅行だ。日帰りほどには近くでなく、何日もかかるほどには遠くない、この距離感が私にはたまらない魅力だった。土曜の午後に出かけて日曜には帰る。これこそ無理をしない「旅」だ。だからこそ何回も出かけられる。カーナビなんてないころだ。旅行雑誌で見たところに行く。初めての場所で、道に迷い、到着は夜。携帯電話なんてもちろんないのだから、宿の人は着くまで待っていてくれる。ようやく着いて、歓待されたときのうれしさは忘れられない。
 到着が遅くなり、キャンセル扱いにされて、他の宿に紹介されたときもあった。こんな旅館は大抵、会社組織の旅館だった。民宿に近いところではそんなことはなかった。もちろん予定より大幅に遅れた自分が悪いのだから、文句は言えない。その旅館は満室だから大体は近くの「民宿」を紹介してくれる。これは正解で、もともと山の中なのだから、旅館と民宿との厳密な区別も付けにくいし・・・。昔の民宿は本当にふすま一枚だけの間仕切り、だったり、障子紙一枚とかが当たり前だった。隣の宿泊客のいびきも聞こえた。若い時はそれでも平気なのだ。「若さ」で殆どのことは乗り越えられる。懐かしい想い出だ。

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