徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百三十八段*<声楽家の音程>2009.9.23

 「白州次郎」最終回、三話目の今回は終戦後の占領軍司令部と吉田内閣との新憲法の草案作りのやり取りから、サンフランシスコ講和条約締結までがメインだった。曲はベートーヴェンの「エグモント」からの序曲ではなく、劇音楽が使われていた。これは珍しい。もっと多く流れていたのが「からたちの花」・・・北原白秋の詩・山田耕作の作曲。これをクラシック風にではなく、かなり崩して歌っていた。これはこれで味があった。

 そういえば、日本歌曲でクラシックの歌手、特にオペラ歌手の歌ったものは、長く聴いてはいられない。繊細には程遠く、ただの美声や大声で歌われては日本の歌曲は耐えられない。ずり上げや高音部が常にフラット気味に歌われると耳の拷問になってくる。声楽家の音程の取り方は、どちらかというと低めにとっていることが多いが、それは元から音程が微妙には分からないからか・・・理由は分からないのだが、楽器の音程の取り方に比べて曖昧だ。耳と声帯が近すぎるから音程がよく分からないのかな、などと思ったりもする。

 最近、紅白歌合戦に出ているクラシック系の声楽家はそのあとが不調な気がする。常に音程がフラットのままで全曲歌いきってしまうとかになると、悲劇ではなくて喜劇に近い。歌謡曲、ポピュラー、ジャズの歌手のほうがはるかにピッチにはシビアだ。美空ひばり・・・完璧だ。体調が悪そうな時も音程は完璧だった。
 音程が悪くても人気が出れば、商業価値があるのだから、それはそれで価値があるのだろう。もっともあまり長続きはしないだろうが。

 八ッ場ダムの建設中止か継続かがニュースになっている。群馬県長野原町を中心とした地域だ。吾妻渓谷沿いに国道が走り、草津や志賀高原に行く時に何回も通ったところだ。川原湯温泉の旅館も水底に沈む。吾妻渓谷も、だ。こんなに自然が美しく、温泉もあり、平和な地域にダム建設を決めたのは一体誰なのかと思う。計画されてから56年を経過したと聞けば、最初から無理な計画だったのだ。計画当時は建設反対を唱えてきた、親や祖父を持つ人たちが、今は建設推進を叫ばねばならない・・・この矛盾を生み出したのは誰なのか。人間が生活している場所を湖底に沈める。こんなことをしてはそれこそご先祖様が許さないのではないか。ある時から国道から橋脚がそびえたつように見えだした。大自然の中に異様な高さの橋脚が私には不自然に感じた。たまたま水かれをして湖底が見えたときのひび割れた地面から見えてくる昔の生活のなごり、廃屋、廃墟を見るとだれもが慄然とするだろう。無残な光景だ。

 詩人 小林純一さんの「ダムサイト幻想」の中の「孤独な征服者」「黒のオブジェ」の詩を読んでみるといい。1971年の詩だ。38年前にすでにこの詩は書かれていたのだ。

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