徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百三十九段*<千葉県文化の森>2009.9.25



 打ち合わせで千葉県文化会館に行ってきた。事務的な打ち合わせだったので、30分ほどで終わり、次の都内での会議までほんの少し時間があったので、全くのほんの少し・・・5分ほど、建物の周りを歩いた。緑の中にいくつかの彫刻があり、それも日本の代表的な彫刻家のものが。天気も良く、秋晴れの中気持ちがよかった。

 このあたりは、つくられたころは「千葉県文化の森」と呼ばれていた。もう何十年も前だ。当時の知事、友納武人氏の碑文も残っている。当時は懐が大きかったのだろうか。政治も社会も・・・全体に。
 同じ敷地に当時の野党、社会党の国会議員になり、最後は参議院の副議長になった加瀬 完氏の碑文も建っているのだから。その場所は目立たないところではあるが、教育関係者の慰霊碑「教育塔」の隣にある。

 加瀬 完氏の「教師とは かなしきものか 老いつつも 児らの顔 忘られず」の言葉を書家、浅見喜州氏が揮ごうしたものだ。この場所に来ると、慰霊塔(教育現場で勤務している間に亡くなられた人が慰霊されている)と合わせて、いつしか心が引き締まる。そんな場所だ。公園の草木の手入れがいま一つのような気もしたが、県の財政状況では仕方がないのかも。それでも、私が勤務先としてお世話になった時には、いつも、植栽の人たちを見かけたものだった。その中に佐藤忠良氏の作品「夏の女」が運び込まれた。この光景も印象に残っている。

 「文化の森」の石碑とともに「千葉県教育発祥の地」という石碑もある。この場所に師範学校があった時の証明でもある。
 「文化」と「教育」この二つのシンボルが千葉市の「亥鼻」にある。県民の多くの人は知らないかも知れない。文化会館の建物自体も建築の「賞」を受賞している素晴らしいものだ。

 駐車場の狭さが難点だったが、何十年たってもそれだけは変わらない。これでアクセスが良くなれば人気のホールになるだろうに。音が抜群にいいのだし。
 わが千葉県はこの文化会館や美術館にひところの勢いがない。文化と教育の分野は「金がなければ知恵を出せ」という発想だけでは振興がなかなかできない、という認識が県民全体に低いのか。政治家や行政マンに認識されないのか。

 上野の公園口の前に東京文化会館が建ち、西洋美術館が向かい側にあり、国立博物館、科学博物館が周辺にあるのとは大きな違いだ。
 それでも、いくつかの演奏会で心に残っているものもある。後段で少しそれを書いてみよう。

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