徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百四十七段*<紅葉…高揚>2009.10.19

 偶然に二人の人から、メールをもらった。これも偶然にも紅葉の内容だった。内容は、たまたま旅をしているところだが、紅葉が見事なのでメールをした、というものだ。一人の人には写真も添付されてあった。

 二人の人は以前の部下だった人だ。職制上での部下という言葉を使ったが、勤務していた時から今までもずっと「仲間」あるいは「同志」と思って接していた人だ。たとえば同じようなメールを何人にも送信していて、たまたまその中の一人が私だったとしても、その中に入れるだけでもうれしいではないか。

 少し前まで青々とした緑の生命観で私たちに無言の激励をしてくれていた木々たちだ。それが、山の方ではすでに紅葉に染まっている。これが段々平野にも広がってくる。毎年の営みとは言え、自然とともに生きる生命体だと人間も植物も何もかもを含めてそう思う。

 秋には紅葉の百花楼蘭・・・とは言わない。な。「錦秋」というべきか。
 冬には雪や霜の白色、春には桜のピンクから新緑、夏の深緑の植物と紺碧の空の色・・・全く、自然は楽しみと厳しさを否応なく与えてくれ、私たちはそれを否応なく受けいれなければならない。
 さて、二人のメールでは関東近県への小旅行のようだ。羨ましくもあり、また、気持ちの高揚も手に取るようにわかる。
 紅葉を目にしての気持ちの高揚、ダジャレのようだが、その紅葉の中に、枯れて散っていく木々の姿をおぼろげにも見ていたのだろうとも思えば、その精神風景はまさに私の「同志」だと断言できる。

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