徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百五十九段*<想い出の断層−71−>2009.11.11

 音と静寂との関係を考えた。昼間はうるさく感じなかったPCのタワーからの音が、夜中にはうるさく感じる。ファンの回る音とガリガリと時々聞こえるのが正常な音なのか、異常な音なのかもわからない。それに音は気になるとずうっと気になるし、無視しようと思えば気にしないでいることも可能な、何とも不可思議な面を持っている。

 ここからは、想い出の断層の文章になるのか。
 セブンイレブンでキャンペーンをやっていて、その場でくじを引いた。当たりだとそのカードに印字されている商品がもらえる。たまたま”マルちゃんの天ぷらそば”が当たり、その場で商品を渡された。これがなんとも懐かしいのだ。


 北軽井沢に”北軽井沢ミュージックセミナーハウス”という施設があり、そこで合唱団の合宿をやったことがある。齋藤秀雄氏たちが、「音楽活動のできる宿泊施設を」ということで開いた施設と記憶している。今はすでにその施設はないのだが。
 質素な、必要最低限のものがあっただけの設備だ。食事も質素、そのものだった。というなかでの食事の時に、誰かがインスタントのたぬきそば・・・多分これが「みどりのたぬき」だと思うのだが。これを出してくれた。
 これが妙にウマかった。宿泊施設の食事よりもインスタントの日本そばの方がうまいと、その時に初めて思った。このことは意外に私の記憶に強く刻まれている。

 亡くなった父が、お酒を飲んで帰ってきたときに、一人でもぞもぞと台所でインスタントの日本そばを作っていたことも思い出した。母はすでに寝ていた時間だろう。そんな状況でも、愚痴をひとつも言わない父の姿は立派でもあり、ほんの少しだけ物悲しくもあった。父は休むことなく仕事に行き、決まった給料を持ってきてくれた。小柄で無駄をそいだような父の姿、その背中が懐かしくもあり、まぶしくもある。

 誰かに恩着せがましいことを言うのでもなく、自慢話をすることもなく、しかし他人からは高く評価されていた。そんな父が私にはかなり誇らしかった。音楽の教師として中学校に勤務することの選択の中に、父の姿があったことは事実だ。
 あの、がまん強さ、芯の強さ、清廉潔白さはどこから生まれたのだろうか。小さなころに生家が没落し急に貧乏になったことか、戦争後の引き揚げ体験があったことか、引き揚げたときに親子離れ離れになったことか、先妻を病で失ったことか、その後の教師としてあるいは組合の書記長としての経験から得たものか・・・息子の私にもよくわからない。

 セブンイレブンの当たりくじから、亡き父を思い出してしまった。時は空しく、そして絶対のスピードで過ぎてゆく。その中にいる己の存在の小ささを今更ながらに思った。

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