徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百六十四段*<至福のひと時>2009.11.18

 車を運転しているときの、至福のひと時というものがある。運転中だから景色はそんなに楽しめない。耳から入る「音楽」が最高の楽しみだ。
 車内での音楽の聴き方には、二種類があり、ひとつは勉強も兼ねての「音楽」を聴くことだ。これは、何らかの音楽活動をしている人の多くは同様にしているのだろう。合唱団の人は車内でパート練習をする、とのことだし。

 最近の私の至福の時間は、運転しながら、俗に言う「小曲」を聴くことだ。「カヴァレリアルスティカーナ」間奏曲、タイスの「瞑想曲」とか「時の踊り」とか「軽騎兵」序曲とか・・・なのだが、これが実に楽しいひと時なのだ。
 クラシックの入門曲とも言われているし、曲の長さも適当だし、深刻な雰囲気にはならないし、で運転時にぴったりだ。

 これが、レクイエムになると、気持ちが引き締まる。緊張感も増す。鎮魂ミサ曲だ。楽しい雰囲気になれというのが変だから、当然厳粛にもなる。交響曲や大曲を車の中で聴くということはイコール勉強の範囲になることが多い。

 必要に迫られての手段だから楽しみとは程遠い。私の運転する車が古いということもあり、音源はCDになる。一時間くらいの異動の時には持ちこむCDを選ばなければならない。その時の一枚あるいは二枚を、「小曲」とする。

 演奏は、うまいオケに限る。演奏上のことで気にかけながらではストレスが増えるといものだ。そうなると、ベルリンフィル、ソフトの量から言っても指揮がカラヤン・・・となるケースが多い。これは正解だ。カラヤンは交響曲やオペラや宗教曲の大曲よりも、ここでいう「小曲」の方がのびのびとしかも確固たる演奏解釈で聴く側を満足させてくれる。
 音楽の楽しみは大曲だけを聴くことだけではないと思わせてくれる。

 大指揮者カラヤンがよくぞベルリンフィルとのコンビで小品を録音しておいてくれた・・・と感謝の念さえ覚える。それには、小品の多くがよくわからない?演奏のものを録音して発売していたレコード会社の姿勢も問われるのだが。

 三百六十三段へ   三百六十五段へ