徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百七十段*<愛・義・誠…薄い社会>2009.11.30

 師走にあと一日だ。いつも、いつも書いている通りだ。時間のたつのが早いと。自宅の窓の前に池のある公園があり、こんもりとした林もある。この木々を見ていると季節の移り変わりが如実にわかる。
 春に近くなれば、新緑の芽生えに心が躍り、秋に近くなれば、緑がアッと言う間に黄色から茶色に変わる。自然の営みと人間の営みとの連携を思ってしまう。

 「坂の上の雲」・・・12月はこの話題がたくさん出るだろう。司馬遼太郎の原作をNHKが製作する。時は明治・・・秋山兄弟二人と、正岡子規の三人が主人公だとのこと、大河ドラマ「天地人」を早々と11月で終了にして、視聴率獲得への放送局の意気込みが見える。

 「愛」の文字を兜につけていた「かねつぐ」が主人公の大河ドラマは一体何を言いたいのか、ほとんどわからないままに最終回を迎えてしまった。

 この数年では珍しいほどの低迷「大河」だった。何が良くなかったのか・・・総合的に良くなかったとしか言いようがない。印象に残る武将は「石田三成」「豊臣秀吉」「徳川家康」「真田幸村」・・・これでは「かねつぐ」の印象は薄くなるのが当然だ。

 「愛」とか「義」とか「誠」とか、がどうしようもなく薄くなってきたと感じるのは私だけか。民主主義社会とは面倒なものだ。不条理が続くと、独裁者を求める我々のような民衆の気持ちがわかる。「民主主義」と「独裁」のはざまにいつもあるのが人間社会だとすれば、一人ひとりの「認識力」は否応なく試される。

 大学、高校の卒業予定者の採用が、これだけ低くては、夢を持てという方が無理だろう。今のこの厳しい現状があるが故の、「明治維新」の青年の生きざまをドラマで問いかけるとしたら、それは大きな意味を持つだろう。作家、司馬遼太郎の面目躍如だ。

 人がその日を生きるのに精いっぱいになってしまったとき、社会はどのように動くのだろうか。私も社会を構成している一員だ。また使ってしまう格言だ。「灯篭の斧」「一寸の虫にも五分の魂」「臥薪嘗胆」・・・うれしい格言ではないのは確かだ。

 三百六十九段へ   三百七十一段へ